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第10話
慌てて戻って来たものの店は相変わらず暇そうだった。
カウンターでは宮田さんが無表情で通りを行き交う車や人を眺めていたが、帰ってきた春に気がつくと急いで駆け寄って来た。
「春くん大丈夫だった?時間かかってたみたいだから心配しちゃったよ」
「はい・・・」
正直、大丈夫ではなかったと思う。
商品ぐちゃぐちゃにした挙げ句、藤ヶ谷ビルディングの社長の洋服を汚してしまった。
あの人
藤ヶ谷琉聖はいっけん穏やかな表情をしながらも
「私の濡れたスラックスはどうしたらいいのか」
などと恐縮して小さくなる春に問いかけてきたのだ。
店に戻り幾分冷静さを取り戻した春は、改めて怖くなってきた。
自分を呼びつけて、一体どうするつもりなのだろうか。
宮田さんや店長に相談したら、なんてアドバイスしてくれるだろう・・・。
「春くん?」
宮田さんに呼びかけられ思い出した。
「あの、僕が出かけている間にクレームとか変な電話とかありませんでした?」
「んー?なんにもなかったよ。とにかく今日は暇すぎて時間が全然進まなくて辛かった〜」
絶対にクレームが入っていると思っていた春は少しだけホッとしたが、仕事が終わった後の予定を考えると頭が痛くなった。
話し相手が戻って来たと喜び、昨日観たドラマの話をする宮田さんに適当に相槌を打ちながら店内を見回す。
「・・・そういえば店長は?」
すると宮田さんはそれまでの笑顔が消え、ぷぅっとほっぺたを膨らませ口を尖らせた。
クルクルと目まぐるしく変わる彼女の表情に、春は思わず笑みを浮かべる。
「聞いてよ春くん!今度、職場体験の学生を受け入れるんだって!その面接に出かけたんだけどさ・・・
それがΩの女の子だ!って浮かれて出かけて行ったんだよ、あの人。信じられないよねぇ」
春の笑顔が氷ついた。
きっと彼女は何気なく発した言葉なんだろう。
悪意などはなく、さらりと出てきた本音なのだ。
その後すぐに話題はドラマの話に戻ったが、春の頭の中では宮田さんの発した
「信じられないよねぇ」
がずっとリフレインしていた。
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