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第12話
『はい』
スマホから聞こえる澄んだ声。
顔は見えなくても、きっと穏やかに微笑んでいるのだろうと容易に想像できた。
「・・・あ、あの」
『あぁ、西野春くんだね』
と被せ気味にフルネームを言われ、春は次の言葉を見失ってしまう。
『今ちょっと手が離せなくてね。迎えをやるから、上に来てくれるかな?ごめんね』
と通話は春の答えを待たずに切れてしまった。
気の利いたことを一つも言えずに終了してしまった電話に、呆気に取られたままスマホを見つめていると
程なくして
「西野さん、ですね?」
と声を掛けられた。
振り返ると昼間、藤ヶ谷琉聖の後ろにいた男が立っている。
確か高知と呼ばれていた気がする。
「・・・はい、そうです」
冷たい視線で威圧的に上から下まで一瞥した男に、きっと自分は快く思われていない・・・
そう春は感じ取る。
悲しいかな、昔からこの手の直感はだいたい当たるのだ。
「こちらです」
ビルの中を指し、男は建物の中へ入って行く。
直ぐに動けなかった春に男は振り返り、もう一度「こちらです」と静かに言った。
震えそうになる指先を隠すように、冷たくなった両手を胸の前でしっかり握り締める。
そんな時、春はふと店長の顔を思い出した。
そうだ。自分がこの事態を上手く収めなければ・・・。
逃げ出したくなる気持ちをなんとか抑え、春は男の後に続いて建物の中へと足を踏み入れた。
男はフカフカの絨毯が敷いてあるエントランスを躊躇うことなく進んでいくが、着いて行く春は『こんな絨毯を僕の汚れたスニーカーで歩いちゃっていいのだろうか・・・』と気が気ではない。
突き当たりのエレベーターまで来ると、男はオドオドする春をチラリと見てから「お気になさらず」と声をかけてきた。
バレていた!・・・と、恥ずかしさで顔が熱くなった。
ゆっくりと扉の開いたエレベーターに
「どうぞ」
と背中を押され中に乗り込む。
エレベーターはガラス張りになっていて、中から通りの喧騒が見えた。
思わず「うわぁ」と呟いてしまった春は、男の視線に気がつき再び赤面した。
この男と狭い空間に二人でいると、まるで酸欠ににでもなってしまうような閉塞感に襲われる。
正直苦手なタイプだ、と春は感じる。
気まずい沈黙にそろそろ耐えられなくなってきた瞬間、すぅっと止まったエレベーターの扉が音もなく開いた。
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