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第13話
ゆっくりと扉が開き、目の前に広がる重厚感のあるホールに更に怯む。
あまりにも場違いな自分に、まるで身の置き所が分からず落ち着かない。
「あちらの部屋でお待ちです」
男に指し示されたドアは他の部屋の扉とは明らかに違っていて、きっとそこが藤ヶ谷のいる社長室なのだろうと疎い春にも理解できた。
男がドアをノックすると、中から
「はい、どうぞ」
と電話で聞いた、あの澄んだ声が聞こえてくる。
「西野さんをお連れしました」
「ん、ありがとう。・・・そこに掛けていてくれる?」
正面にあるデスクでパソコンを操作していた藤ヶ谷は、顔を上げると微笑んでソファに座るよう春に促した。
手と足が同時に出てしまうほど緊張した春がソファに座るのを見届けてから、此処まで案内してくれた男は部屋から出ていってしまう。
静かな空間に自分の鼓動が煩くて、相手にも聞かれてしまうのではと心配になった。
「悪いんだけど、ちょっと仕事が長引いてしまってね。あと少しで終わるから待っていてくれるかな」
「・・・はい」
チラリと藤ヶ谷を見ると、真剣な表情でパソコンと書類を交互に見つめていた。
昼間ぶつかった時には逆光で表情がよく見えなかったが、その真剣な眼差しに
『シフト作ってる時の店長みたいだなぁ・・・』
とぼんやり思い、ハッとした春は軽く頭を振った。
こんな時にそんなことを思い浮かべるなんて
どうかしている。
「あ、そうだ。西野春くん。喉、渇いてる?」
不意に藤ヶ谷に聞かれ、春はビクッと体を震わせた。パソコン越しにこっちを見ている彼に、何もかも見透かされているような気がして、少し怖くなる。
「なにか飲む?」
春がコクリと頷くと、彼は静かに立ち上がり
ソファの背後にあるカウンターに歩み寄った。
そう言われてみれば、喉はカラカラだ。
「ミネラルウォーターでいいかな?」
「・・・はい」
膝の上でギュッと握ったままの手を見つめながら答える。
緊張はもう頂点だった。
春は自分を落ち着かせようと、目を閉じ深呼吸をした。
すると突然、ふわぁっとした香りが春を包む。
まるで深い森の中にいるような樹木の香り。
これはきっと昼間感じた、αである藤ヶ谷琉聖のフェロモンの香りだ。
ふいに背後に立つ藤ヶ谷に驚き振り返ると、自分を無表情で見下ろす彼と視線がぶつかった。
「あ、あの・・・」
おどおどしながら見上げる春に、藤ヶ谷は一瞬驚いたような顔をしてからすぐ笑顔になり
「・・・はいどうぞ」
とペットボトルを手渡してくれた。
春は軽く頭を下げてから封を切り水を口にする。
冷たく喉を通る水に、少しだけ冷静さを取り戻せたような気がした。
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