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第15話

電話の相手とひと言ふた言会話を交わした藤ヶ谷は、通話が終わるとゆっくり春に歩み寄る。 その一連の動作は、まるで映画やドラマの1シーンのように優雅でスマートだ。 他人事のように眺めていた春に「行きましょう」と声を掛けると それがあたかも当然の行為とでも言うように そっと春の右手を取った。 ・・・まさか自分が 女性のようにエスコートされている? 藤ヶ谷の行動に春は内心ムッとしながらも、相手を傷つけないようにゆっくりと手を引っ込めて カーゴパンツのポケットに突っ込んだ。 ちらりと見た藤ヶ谷は、別段気分を害した様子もないようで少しだけホッとする。 この場に謝罪に来ているのに、更に怒らせてしまっては元も子もない。 気が付けば部屋の扉は開け放たれていて いつからそこに居たのかはわからないが 高知が静かに立ち、こちらの様子を無表情で じぃっと見ていた。 ―――――――――― それにしても右手が熱い。 ポケットに入れたままの手をグーパーグーパーしてみるが、さっき一瞬だけ藤ヶ谷に触れられた 右手だけがジンジンと 熱を帯びているように感じる。 ポケットから出して薄暗い車内の中で見てみるが 特に変わったところは見当たらない。 それなのにどうしてだろう・・・。 右手だけが焼けるように熱いままだ。 ふぅっと小さくため息をついて 窓の外、ゆるやかに流れる夜の街に目をやる。 春は今、車に乗っていた。 あの後急かされるように地上に戻り外に出ると、目の前に静かに滑り込んできた黒塗りの高級車に、有無も言わさず乗らされた。 運転しているのは、どうやら高知のようだ。 二人きりではないにしても、初対面も同然のαの車に乗ってしまうなど 春は自分の浅はかさにウンザリする。 だがこれも、誠実な謝罪の一環なのだから仕方ない・・・己にそう言い聞かせながら ふと気になり、隣に座る藤ヶ谷をそっと見た。 窓枠に肘をかけ頬杖をついて外を眺めるその姿は、男の春でもうっとりと眺めてしまうほどの優美さだ。 憂いを帯びたようなその横顔につい目が離せなくなり見つめていると、 春の視線に気がついた藤ヶ谷がこちらを見て 「どうかした?」 と小さく呟いた。 「あ、いえ・・・別に」 不躾に見つめてしまったことを春は恥ずかしく思ったが、藤ヶ谷は全く気にしていないようだ。 「ところで、西野春くんはイタリアン大丈夫?」 「はい?」 「イタリアン、好き?」 突然の問いかけに、春は言葉もなくただ頷いた。 「そう。それは良かった」 ふわっと微笑む藤ヶ谷に、ドキリとした春は慌てて目を逸らす。 じわじわと自分の内側から何かが溢れ出すような 感情の違和感に戸惑いながらも、 春はこの時まだ・・・ その正体に気が付かないフリをして、その源に蓋をした。

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