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第16話

郊外の、通りからは全く外観の見えない 隠れ家のようレストランに案内され 国道沿いにあるチェーン店のイタリアンを思い浮かべていた春は赤面した。 案内されたのは個室で、テーブルの上にはキャンドルが柔らかな灯りを揺らしている。 静かに聞こえるピアノの調べに耳を傾けていると 「なに飲もうか・・・」 と向かいに座る藤ヶ谷が、メニューに目を落としたまま尋ねてきた。 ドリンクバーなどあるはずもない。 春は財布の中身が気になって仕方ないが、 まさかこの場で確認するわけにもいかず落ち着けなかった。 「ところで一つ聞きたいんだけど・・・」 「はい・・・」 「西野春くんは、お幾つなの?」 メニューから視線を上げた藤ヶ谷は、さっきまでの冷たさと柔和さを合わせ持った不均衡なイメージはひっそりと影をひそめ、最初の印象より少し若く見える。 春も彼の年齢が気になった。 「・・・18です」 「やっぱり未成年か。じゃ、アップルサイダーにしておこうね」 メニューを閉じたタイミングで現れたウエイターに、藤ヶ谷はアップルサイダーとシャンパンをオーダーした。 「食前に少しだけ呑ませてもらうよ」 そう言ってテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せ目を伏せた藤ヶ谷に 春は気になったことを聞いてみる。 「あの、藤ヶ谷さんはお幾つなんですか?」 「先月無事28歳になりました」 「あと・・・藤ヶ谷さんは、なんでずっと僕のことをフルネームで呼ぶんですか?」 「では、なんて呼べばいい?」 と悪戯っぽく微笑む彼に、 質問に質問返しをされ一瞬面食らったが  「西野、と呼んでください」 と春は冷静を装って小さく答えた。 「・・・では改めて西野くん。なに食べる?」 藤ヶ谷に手渡されたメニューを見て、春は途方に暮れた。 イタリア語の下に書かれた日本語で、おおよその料理名はわかるものの とにかく値段がヤバイ。 ファミレスのイタリアンに慣れた春は、金額の桁が一つ違う料理の数々に、食欲なんて遥か彼方に吹っ飛んでいったような気がした。 「ここはなんでも美味しいよ。なんにする?」 藤ヶ谷の言葉に、いたたまれない気持ちの春は もう限界だった。 本当のことを言って失礼しよう。 ここからじゃ、歩いて帰れない距離でもない。 「あの・・・・ 今日は急だったので、あまり持ち合わせがなくて、なので・・・その・・・ご飯はいりません」 恥を偲んで春は言葉を続ける。 「クリーニング代、必ずお支払いしますので・・・・もう少し待っていただけますか?」 ガタッと大きな音をたて立ち上がり頭を下げる春に、 「いや・・・本当にごめんね」 と、藤ヶ谷がなぜか謝った。 顔を上げると、藤ヶ谷はバツが悪そうな顔をして春を見上げている。 「昼間のスラックスの話とか、ホントはどうでもよくてね・・・ただ君と食事をしかっただけなんだよ」 「え・・・」 「変な口実で誘ってしまって、本当にごめんなさい。お詫びにご馳走したいので、もう一度座ってくれますか?」 春は、揺らめくキャンドルに照らされる藤ヶ谷を じぃっと見つめた。 そんなことで相手の本心が 全てわかるはずもないのだけれど、 なんとなくだが悪い人ではなさそうだと感じ始めていた。 それはさっきからふわりと感じる樹木のような深い香りの 安心感のせいかもしれない。

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