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第18話
藤ヶ谷は冗談を言っているようには見えないし、まして自分を揶揄っているようにも見えない。
だからこそ、たちが悪い・・・。
「お互い仕事があるからさすがに毎日は無理だけど、なるべく都合をつけて一緒に食事してくれたら嬉しいんだけどね」
「・・・でもそれじゃ弁償にならないですし、
だいたい藤ヶ谷さんに何かメリットあるんですか?」
口に出してしまってからきつい言い方だったかな、と春は少し後悔した。
「ん、あるよ」
藤ヶ谷は春の後悔など全く気にしていない様子で頬杖をつき
シャンパングラスを目線の高さに持ち上げ、揺れる気泡を眺めている。
「・・・なんですか?」
「そしたらもっと、西野くんを知れるでしょ。
緊張でガチガチとか、どうやって謝罪しようかってオドオドしているきみじゃなくて
本当の西野春くんのこと」
「でも・・・それじゃ・・・・」
藤ヶ谷がグラスを置き、真っ直ぐ春を見つめた。
藤ヶ谷の瞳にキャンドルの炎がゆらゆらと
揺らめくのが映り、
まるで漆黒の湖に反射する月のようでキレイだな・・・と、春は素直に思う。
「それに、一人で食べるの味気ないでしょ。
話し相手が欲しいなって思っていたんだよね。
淋しい男に付き合うバイトだと思ってさ・・・」
刹那ふわりと香るシダーウッドの香りに
春は酔ってしまいそうになる。
「ね、お願い。はい、って言って?」
藤ヶ谷の、
まるですがりつく子供のような言い方に、春は断る理由を見つけられず
こくりとうなずくしかなかった。
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最初は彼に触れられた右手だけが熱かったはずなのに、食事を終える頃には全身が熱くなったような感覚に指先が震えた。
発情期は抜けているはずだが、藤ヶ谷の香りに引きずられて、春は身体の奥底にくすぶる得体の知れない何かに怯える。
藤ヶ谷が席を外したタイミングでリュックの中から探り出した抑制剤を飲んだのに
その熱は治りそうにない。
せっかくの高級イタリアンは、味がよくわからなかった。
「自宅まで送るね。教えてくれる?」
「・・・はい」
春が住所を告げると運転席の高知がナビに入力し、静かに車が動き出す。
窓の外の流れる景色の中に、自転車に乗った人を見かけて春は急に思い出した。
「ああっ、そうだ!自転車」
「自転車?」
隣に座る藤ヶ谷は、突今日一番の大きな声を突然出した春に驚き目を見張る。
「あの、店に自転車が置きっぱなしで。すみません、お店に送ってくれませんか?」
「うん。・・・高知、頼むね」
「・・・はい」
春はバックミラー越しに冷たい視線の高知と目が合った。すぐに逸らされたそれは、明らかに好意的な物ではないことが手に取るようにわかる。
ふと隣に目をやれば、藤ヶ谷は少しだけ窓を開け
風に当たりながら腕組みをして外を見ていた。
春はリュックをギュッと抱きしめて
小さくため息をついた。
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