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第19話

店に自転車を取りに行き それが折りたたみ自転車だと知った藤ヶ谷は、 車のトランクに乗せるよう高知に指示を出す。 そして自宅近くの公園で降ろして欲しいと言う春を押し切って アパートの駐車場まで送り届けてくれた。 そんなにボロくはないものの、決して新しくない質素なアパートの駐車場に高級車は あまりにも場違いで異質なものに感じられる。 「ここの、2階?」 「はい」 「一人暮らしなの?」 「去年まで父と暮らしていたんですけど 亡くなってしまって、今は一人です」 「・・・そうなんだ」 高知がトランクから自転車を出し、春の目の前に置くと一礼して車に戻る。 その横で藤ヶ谷は、目を細めてアパートを見上げていた。 カーテンのかかってない部屋や、電気のついていない部屋が多いように見え そのひっそりとした佇まいが気に掛かった。 「西野くん、明日は仕事何時まで?」 藤ヶ谷の問いかけに、春は明日の予定を調べるためにスマホを見る。 「・・・明日はクローズなので22時までです」 「そっか・・・高知、俺は?」 と言いながら藤ヶ谷が運転席の窓をノックすると、窓がゆっくりと下がり 「明日は会食があるので、予定通りであれば21時にはお帰りになられるかと・・・」 高知はそれだけ言うと、再び閉めてしまった。 「じゃ、終わったら軽く食べに行こうか。迎えに行くから仕事終わったら駐車場にいてくれる?」 「え・・・あ、はい。わかりました」 藤ヶ谷の押しの強さに、春は仕方なくうなずく。 「では、これをどうぞ」 差し出されたのは可愛らしい紙包みだ。 「さっきのお店のプリン。夜食にでも食べて?」 いつの間に買っていたんだろう・・・。 春がなかなか手を出せないでいると 「どうぞ」と無理やり押し付けられ、 自宅に入るよう促された。 自転車を駐輪場に置いて振り返ると、 車に寄りかかってこちらを見ていた藤ヶ谷が 軽く手を上げひらひらと振る。 春はペコリと頭を下げ、急いで外階段を昇り 鍵を開け部屋に入った。 電気を着けカーテンを閉めようと窓に近づくと、 こちらを見上げている藤ヶ谷と目が合ったような気がして春は慌てる。 カーテンを勢いよく閉め、今度はその隙間からそっと覗くと ちょうど車は駐車場からゆっくりと出て行くところだった。 春はリュックを下ろし、貰ったプリンを冷蔵庫にしまった。 そしてそのままの格好でベッドに倒れ込むと、 どっと押し寄せる疲労感に目を閉じる。 それにしてもなんて長い1日だったんだろう。 店で店長や宮田さんと話した朝が、まるで遠い日のことのように思える。 「・・・そうだ」 春はポケットからスマホを取り出す。 面接に出かけてしまっていた店長に、 まだ昼間の一件を報告していなかったことを思い出した。 藤ヶ谷とのことは言わなくていいとして、 商品はぐちゃぐちゃだったにせよ 無事にデリバリー出来たことくらいは自分の口から伝えたい。 「あ・・・」 2時間くらい前に送信されてきていた店長からのメッセージに、春は自然と顔が綻ぶ。 『おつかれさま!今日はデリありがとね。はるくんに任せておけばホント安心。明日もよろしく』 たったそれだけの短い文章だが、緊張の連続だった春にとってはホッとできるものだった。 『明日もよろしくお願いします。おやすみなさい』 と送信すると、すぐに既読がつき可愛らしいスタンプが送られてきた。 安心したのか急に眠気に襲われて、春はひとつ大きなあくびをしてから起き上がる。 「・・・シャワー、浴びなくちゃ」 なんとなく体の奥底にくすぶる熱と まとわりつくような樹木の香りを 早く洗い流してしまいたかった。

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