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第20話

「・・・なんか文句でも、あるの?」 春を送り届けてからも無言で運転している高知に、後部座席で腕組みをした 不機嫌そうな藤ヶ谷はぶっきらぼう言い放つ。 春といる時からチラチラとこちらを伺う バックミラー越しの高知の冷たい視線には、 藤ヶ谷も気がついていた。 「別に・・・社長のお考えなんでしょうから 何も言うつもりはございません」 「・・・二人だけの時に社長は止めろって。 つか、もしかしてバカにしてる?」 「してません・・・」 「・・・絶対バカにしているだろ」 藤ヶ谷はわざとらしく大きなため息をつく。 それとほぼ同時にため息をついた高知を 後ろから睨みつけた。 藤ヶ谷にとって高知は、 今でこそ仕事上の部下だが、10歳の時に出会ってからの幼なじみだ。 海辺の町から都会に引っ越してきて 初めて出来た友達、高知修吾。 それが例え父親に仕組まれた出会いだったとしても、心細かった藤ヶ谷にとっては唯一の救いだったのだ。 あれから随分経って大人になった今でも その想いは変わっていないはずだ。 だからこそ、二人きりの時は 昔のように、親友としてラフに話がしたい藤ヶ谷なのだが、なぜか今日の高知はひどく冷たく 他人行儀のような気がしてならない。 「・・・では言わせてもらいますがね。あのΩ、一体どうするおつもりで?」 そう言って、高知は運転席から自動で藤ヶ谷の席の窓を全開にした。 「寒いよ!」と文句を言いながら 藤ヶ谷は窓を閉め、不機嫌さを全面に押し出しながら流れる町の景色に目をやる。 「琉聖も、彼の・・・ この匂いに気付いているんでしょ?」 高知は車内に充満している春のフェロモンの香りを指し、再び窓を全開にする。 「だからっ!寒いな、もう! あぁ、気付いていたよ。俺なんか理性保つためにおもわず窓開けて風入れたもんね。 危なかったんだよ、本当に」 「危ないって・・・まさかあなた、あんなこどもに本気になったんじゃないでしょうね?」 高知は皮肉をたっぷり込めた言い回しで、後部座席の藤ヶ谷をミラー越しにチラリと見た。 藤ヶ谷は相変わらず不機嫌に口を尖らせ 車の窓に肘をかけ頬杖をついている。 これまでの藤ヶ谷の交友関係は、隅々まで知り尽くしている自負が高知にはある。 学生時代から彼はとにかくモテていた。 α特有の強引さや傲慢さは全く見当たらず、人当たりが極端にソフトで柔らかな藤ヶ谷は、Ωだけでなくβやαなんかにも人気があった。 いつも一緒にいた高知は、藤ヶ谷に好意を抱く連中からよく羨ましがられたものだ。 なのに当の本人は恋愛自体に興味がないのか、 特定の恋人を作るわけでもなく スマートに、まるでゲームでも楽しむかのように振る舞い、 その時々で気に入った相手と関係を持つ。 そんな藤ヶ谷を、高知はある意味尊敬していた。 いずれ彼はあの父親の後を継ぐ身なのだ。 ・・・それぐらいの価値観がちょうどいい。 それなのに今藤ヶ谷は、これまでの彼のスタンスを全て覆そうとしている。 決してバカになんかしていない。 むしろ・・・呆れているのだ。

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