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第27話

気付いてしまったら、春はもうその衝動を 抑えることができなくなってしまった。 「・・・西野くん?」 出会ったばかりで、藤ヶ谷の抱える孤独がどんなものかなんて、春には全然予想もできない。 ましてや、αは苦手なはずだった。 それなのに―― 「ちょっと、西野くん!」 春は立ち上がり、自分より頭ひとつ分背の高い藤ヶ谷の腰のあたりに手を回し、そっと抱きしめた。 ――内心、自分でもその行動に驚きながら・・・。 αに触れるのは怖かったのに・・・。 その放たれるフェロモンだけで恐怖心に竦み上がってしまっていたのに――。 藤ヶ谷の香りには、そんな負の感情は全く抱くことなく、自分から飛び込んでいくことができたことに困惑した。 藤ヶ谷も春の突然の行動を、身動ぎもせずに受け入れてくれている。 二人を少し湿度のある夜風が優しく包み込んだ。 しばらくそうしていると、 藤ヶ谷の手が春の腕を優しく撫でてくれた。 「ねぇ、西野くん・・・震えているの?」 「え・・・?」 本人すら気が付かないうちに、春の体はカタカタと小刻みに震えていた。 それに驚き、必死に止めようとしても体の震えはなかなか治りそうにない。 藤ヶ谷にゆっくりと体を引き離され、春は俯いた。 「西野くんの香りはとても優しいね。でもどうして震えているの?・・・俺が、怖い?」 春は慌てて首を横に振る。 ――αは今でも怖い。 でも藤ヶ谷の香りには 癒され、安心し、そして何処か懐かしさを感じている自分がいることは確かだった。 この感情の正体など分かりはしないのだけれど でもどうしても、これだけは伝えたい・・・。 春はそう思った。 「僕は・・・αが苦手でした。ずっと、ずっと・・・怖かったんです」 そう言って見上げた藤ヶ谷は、春を真っ直ぐに見つめ、言葉の続きを待っているようだった。 「Ωであることを・・・憂えたことが、ないと言えば嘘になります。自分では誘ったつもりなんて全然ないのに、αの人達には僕が誘惑したんだと言われました。威圧的に・・・高圧的に・・・一方的に僕が悪いと決めつけられて・・・近づくことすら怖いんです」 「うん・・・」 「でも・・・藤ヶ谷さんは、藤ヶ谷さんの香りには・・・どうしてかわからないけど、安心できるんです。まるで、店長のような・・・」 そこまで言って、春ははっとして口を噤む。 ここで店長のことなど話したら、藤ヶ谷に変な勘違いをさせてしまう。 「・・・店長?俺が・・・彼のようなの?」 ――やっぱり。 「いや、違うんです!店長はβだし、根本的には藤ヶ谷さんとは全然違うし、あの・・・」 誤解を解きたくて必死になればなるほど、 藤ヶ谷から感じられる香りに針葉樹独特の刺のようなものが含まれていくような気がする。 ――どうしてこんなに難しいんだろう。 ただ自分の感情を伝えたいだけなのに・・・。 春はギュッと唇を噛み締め俯いた。 「西野くん、そろそろ帰ろ?明日早いんでしょ?」 藤ヶ谷の言葉に、春はまだ少し震える手をそっと引いた。 ふわりと微笑み、車へと戻る藤ヶ谷の背中からは何の感情も、香りすらも伝わらなかった。

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