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第33話

部屋に戻ると、藤ヶ谷からのメッセージを思い出し、急いでスマホを手に取る。 夕べ、彼に誤解を与えてしまったままの春は その内容が気になって、すぐにでもスマホを見たくて仕方なかったのが本音だ。 でも清川の前ではチェックするのがなんとなく気恥ずかしくて気にしないフリをしていた。 震える緊張した冷たい指先で、そっとスマホに触れる。 『お疲れさま。 今日は県外出張で戻れないから会えなくて寂しいです。ちゃんとご飯食べて休んでください。また連絡します』 ――もしかして、嫌われたのかな。 一瞬ネガティブな思いが頭をかすめる。 今しがた、さらけ出した自分を受け止めてもらえる心地よさを知った春は その胸中に、藤ヶ谷に受け入れてもらいたいという欲求が少しずつ芽生えはじめていた。 しかし皮肉なことに、その思いが余計に春を 臆病にさせてしまう。 今夜は特に会いたかった・・・。 会って藤ヶ谷に、清川にさえも話せなかったことを聞いてもらいたかった。 そんな思いを押し殺して返信をする。 自分の溢れ出しそうになる感情を藤ヶ谷に悟られないよう、出来るだけ素っ気ない返事をした。 すぐについた既読に、落ち込みそうになっていたテンションが少しだけ上向いた気がする。 だがそれと同時に、全てを藤ヶ谷に打ち明けようとした勇気は、音をたててしぼんでいった。 ボーッとスマホを見つめていると、それは突然震え出して春を驚かせた。 「うわっ、あ・・・」 見れば、清川からのメッセージだ。 『春さん。今、送迎の車に乗りましたよ! 今日はありがとうございました。また明日!』 「・・・よかった」 ホッと胸を撫で下ろすと、安心から急に眠気に襲われて、その場にゴロンと横になる。 すぐに瞼が重くなり、春は目を閉じた。 ―――――――――――――――― 「はいっと。送信完了!」 春にメッセージを送信した清川は、スマホをポケットに入れると、近くに停まっていた黒いワンボックス車の後部座席に乗り込んだ。 緊張から解放された清川はリュックを下ろし、そこに乗っていた男に手渡されたペットボトルを勢いよく開け、一気に飲み干す。 「ご苦労さま。・・・で、どうだった?」 袖口で口元を拭う清川に、にこりともせずその 男は訊ねた。 見るからに高級そうなスーツを着こなし、優雅な身のこなしで足を組み、射抜くように自分を見るその男の名前を、清川は知らない。 ホームを抜け出し夜の街で遊びまわっていた時に、ヤバそうな酔っぱらいのαに絡まれていたのを助けてくれたのが、知り合ったきっかけだ。 「その前に、名前教えてよ。俺、ちゃんと言うこときいたんだから」 不満そうな口ぶりの清川を気にする様子もなく、男は口元だけでそっと微笑む。 「それで・・・西野春はどんな人間だった?」 「んとねぇ・・・」 上目遣いに表情を覗き込もうとするが、サングラスが邪魔をして相手の真意が分からない。 ふわりと香るフェロモンから、彼がαなのは確信しているのだが、媚びた表情で全力で誘惑しようとしても、男はまるで手を出してこようとはしない。 そんな相手の落ち着き払った様子に、清川は少しだけムッとした。 「・・・最初はさ、高慢ちきでお高くとまった鼻持ちならない箱入りΩかと思ったんだけどさ。でも違うよ」 「・・・違う?」 「うん、うまく説明できないけどとにかく違うの。俺とは・・・全然違う」 そう言いながら甘えるように伸ばした手をあっさりと振り払われ、清川はさらにムッとして頬を膨らませる。 「へぇ・・・ビッチで尻軽なお前とは全然違うか。面白そうだな」 さもおかしそうに笑う男を、清川は複雑な気持ちで見つめた。 ――この人は、春さんの・・・なんなんだろう。 最初から、詮索するなと言われていた。 下手な真似したら金持ち変態αに売り払うとも脅された。 それに多分、今まで出会ったαの中じゃ 最恐レベルにヤバいフェロモンを纏っている。 助けてもらった恩義から引き受けたが、対象人物の西野春を自分自身が気に入っただけに 複雑な気持ちになった。 「・・・ホームへ」 運転手に行き先を告げる男に、清川は抗議する。 「だから!名前教えてくれるって言ったじゃん。教えてよ!」 「ちゃんと仕事しないガキにご褒美なんてやるわけないだろ。バーカ」 男は清川の額をパチンと指で弾く。 「痛ーい‼︎」 大袈裟に悲鳴を上げ痛がる清川を尻目に、男は窓の外に目をやって溜め息をついた。

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