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第34話

夕べ結局、あのまま真夜中まで寝てしまった春は、その後ベッドに移動したものの喉の違和感に朝方早く目が覚めた。 身体もなんとなく熱っぽい。 季節の変わり目に、ただでさえ発情後で体力が低下していたところへ、窓を開け放ちごろ寝をしてしまった。 完全に自分の体調管理不足だ。 薄暗い中、枕元のキャビネットを漁って手にした体温計で熱を計ってみる。 「⒎2度か・・・微妙だねぇ」 重い頭を上げてスマホを手に取り見れば、まだ4時前だった。 ゆっくり起き上がって薬箱から風邪薬を取り出し、台所でそれを飲む。 ベッドに戻り、目を閉じゴロリと寝転んだ。 頭の中は霞がかかったようにぼんやりとしているのに、妙に自分の鼓動がはっきりと感じられる。 この感覚には、覚えがあった。 ――まさか。 驚き、春は飛び起きカレンダーを確認する。 ここのところ自分を取り巻く周囲の環境が目まぐるしく変わっていて、もうずいぶん前のような気がしていたけれど 実のところ発情期が明けてからまだ5日も経ってはいない。 なのに今、自分が襲われているこの感覚は間違いなく発情期のものによく似ていた。 ――嘘だ、違う・・・そうじゃない。 震えそうになる身体をタオルケットで包み、ベッドの上でうずくまった。 呼吸を整え目を閉じても、熱くなる身体と速まる鼓動に、春はいてもたってもいられなくなる。 勢いよく起き上がると急いでキャビネットから抑制剤を取り出し、口の中へ放り込んだ。 ガリガリと噛み砕き、飲み込む喉の痛みに自然と涙が目に浮かぶ。 「・・・うっ」 喉に詰まった感覚に、慌てて台所へ行き蛇口から直接水を飲んだ。 はぁはぁと、荒くなる呼吸が春を余計に不安にさせる。 こんなことは初めてだ。 初めて発情を迎えた頃、なかなか安定しない春の体のサイクルに父は心配し、勤めていた印刷会社を辞めてしまった。 『発情期に春を一人ぼっちにさせるなんて、父さんにはできないよ』 父は春にそう何度も言い、もっと休みの取れやすい融通の利く職場へ転職した。 安定した収入より息子の身体を心配してくれる父が有り難かったし、本当に大好きだった。 ――そう。あの日、までは。 タオルケットから頭を出して天井を見つめる。 不安定な体調は、春の精神状態まで揺さぶった。 不意に感じたキリキリ痛む頭の不快さに、春はタオルケットを被ったままベッドから降りると、薬箱を漁り頭痛薬を手に取る。 普段の思慮深い春ならば、こんな浅はかな行為はきっとしないはずだ。 しかし、ただならぬ自分の身体の様子に、春はこの状態を何とかしたいあまり 手にした頭痛薬を水と一緒に、胃の中へと流し込んだ。 はぁはぁ、と肩で息をしながらベッドに戻り横になると、今度は強烈な不安と孤独感に襲われて知らず知らずのうちに涙が溢れた。 ――そういえば、母さんはどうしていた? 思い出そうと必死になっても、幼かったころの母の記憶はひどく断片的で、特に発情期の母の様子などは全く覚えていない。 「・・・と、うさ・・・」 助けて欲しい一心で呼びかけた大好きだった父の名前も、あの日のあの一瞬の出来事が まるで、今ここで起きているような錯覚に囚われて、春は口をつぐみ唇を噛み締めた。 ――僕に縋れるものは、もう何一つ残ってない? そう思った瞬間、突然込み上げた吐き気に洗面所に転がるように駆け込んだ。 ひとしきり嘔吐しても、不快感は消えず春はさらに不安になる。 這うようにベッドに戻り、スマホに手を伸ばした。 店長・・・。 時計を見て諦めた。 こんな時間に、きっと迷惑だ。 同じΩの蓮斗・・・。 ホームに住んでいると言っていた彼には、今電話しても繋がらないだろう。 止まらない涙を拭いながら、スマホの画面をじっと見つめる。 そこに表示されているのは、藤ヶ谷の連絡先だ。 まだ数回しか会っていない。 彼が自分のことをどう思っているのかもわからない。 しかも相手はαだ。こんな状態で会うのは危険かもしれない・・・。 どうしよう・・・。 ゆらゆらと迷う心とは裏腹に、指先は自然と発信ボタンに触れていた。 心臓がドキドキする。 破裂しそうな鼓動に戸惑いながら、祈るような気持ちで呼び出し音を聞いていると、数回目のコールで 『・・・もしもし?』 少し眠そうな、気怠げな声の藤ヶ谷に繋がった。

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