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第39話

必死に止めようとしても、なかなか止めることのできない震えの理由はなんなのだろうか。 春自身ですら分からない。 「・・・俺が、怖い?」 「違います!・・・違うんです、多分・・・」 「多分?」 頭からブランケットを被って隠れてしまった春を、その上から藤ヶ谷は優しく撫でる。 「・・・なんで、そんなに優しくしてくれるんですか」 「うん?」 「貴方は・・・僕のこと、何も知らないでしょ?」 篭った春の小さな声に、藤ヶ谷はそっと耳を傾けた。 ただの少しも、聞き逃すことのないようにと。 「・・・そうだね。俺はまだ西野くんのこと、何も知らない」 「僕は・・・卑怯者なんですよ、とても。 さっき貴方は『呼んでくれてありがとう』って言ってくれましたけど・・・。 僕が最初に助けを求めようとしたのは、貴方じゃなかった」 藤ヶ谷の、撫でていた手が止まる。 柔らかなブランケットの中でそれを感じた春は、つくづく諦めの悪い自分にウンザリした。 ――本当は、貴方の胸に素直に飛び込めたなら。 ズキズキと痛む胸に、心の在処がここだと分かる。 その心が、血を流し傷ついているのも分かる。 でも、どうすることも出来ない・・・どうしたらいいのかすら分からない自分が ただただ歯痒かった。 春は、冷たくなった手を痛いほど握り締める。 「西野くん、剥ぐよ?」 「え・・・やだ」 春が掴むより早くサッとブランケットを捲られて、無防備に身体を晒されてしまった春は、 身体を小さく丸めると藤ヶ谷に背を向けた。 「西野くん?」 何も答えない春は、替わりにより一層身体を丸めて小さくなる。 フッ・・・と一瞬微笑んだ藤ヶ谷は、そんな春の横に寝転がり、背後から春を優しく抱きしめた。 驚き、身体を硬直させている春に 「大丈夫だよ・・・前にも言ったと思うけど、君の嫌がることは絶対にしない・・・から」 そう囁き、硬く握り締められ冷たくなったその手を包み込む。 「仮に、西野くんが一番に助けを求めようとした相手が俺じゃなかったとしても、熱に浮かされた君が最初に電話をしてくれたのは・・・間違いなく俺でしょ?」 春は躊躇いながらも小さく頷く。 「今はね・・・それで十分なんだよ。ホント、それだけで・・・」 「でも、それじゃ・・・」 あまりにも自分には不釣り合いの藤ヶ谷の優しさや温もりは、春の傷つきカサついた心の中にさらさらと流れ込んできて、癒されていくのが手にとるように分かる。 だからこそ、そのぬくもりを失った時のことを考えると、震えてしまうほど怖くなる。 その時、春は気づいてしまった。 ――そうなのか・・・?  僕は、藤ヶ谷さんを失うのが怖いのか? そのことを確かめるため、身を捩り藤ヶ谷のほうを見ようとすると、それを拒絶と勘違いした藤ヶ谷は 「お願い・・・君までいなくならないで?」 と一層弱々しい声で呟いた。 そのあまりに切ない声色に、春は藤ヶ谷の鼓動を背にしたまま、瞬きもできずにいた。 「αであることは絶対に変えられないことなんだけど・・・でもね、西野くんのこと守りたいって思うんだよ。君のこと、守れる俺に・・・変わりたいって思ったんだ」 その瞬間、ふわりとシダーウッドの香りが湧きたつ。 無意識に深呼吸をして胸いっぱいに吸い込んだ春は、急にまぶたが重くなり抗えない眠気にゆっくりと目を閉じた。 すうすうと規則的な寝息を立て始めた春の首筋に顔を埋め 「・・・君の香りが、俺を癒してくれるんだ」 と独り言を呟いた藤ヶ谷も、波のように打ち寄せる睡魔に身を委ねた。

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