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第41話

声を押し殺して静かに涙する春を抱き抱え、寝室へ連れて行きベッドに座らせる。 藤ヶ谷も隣に座りそっと春の手をそっと握るが、嫌がるそぶりを見せないことに心底ホッとした。 「横になろう。大丈夫だから・・・何も考えなくていいから、もう少し眠ろう」 ゆっくりベッドに横たえると流れる涙を指で拭ってやり、目を閉じるように促す。 「藤ヶ谷さん・・・」 不意に名前を呼ばれ、威圧的にならないように気遣いながら覗き込んだ春の表情は、何かを決心したような清々しさが見え隠れして藤ヶ谷を内心慌てさせる。 まるでさっきまでの不安定さが、涙で流されたようだった。 「貴方は何も知らないから・・・藤ヶ谷さんは僕のこと全然分かってないから教えてあげますけど・・・僕は貴方に、こんなに優しくしてもらう価値のある人間では・・・ないんです」 「・・・価値、とは?」 真っ直ぐ天井を見つめる春の目は、あふれ出しそうな涙のせいか儚く煌き、藤ヶ谷はその瞳に何とか自分だけを映したい欲望に駆られる。 「西野くん・・・いや、はるくん?はるちゃん・・・はる?はるって呼んでもいい?」 突然何度も呼ばれた名前に驚き、藤ヶ谷を見た春の目から一筋涙が零れる。 「知らないのは・・・お互い様だよ。俺だってたぶん、きっと・・・君にふさわしい人間じゃない」 「そんなこと、あるわけない・・・」 ふるふると首を横に振る春の頬をそっと両手で包み、藤ヶ谷はまるで祈るように言葉を紡ぐ。 「だけどね・・・お互い何も知らないはずなのにさ、俺のここが、君を・・・はるを欲しているんだ」 そう言って、春の手を取り自分の胸に当てた。 「不思議だね。普段、心の場所なんて曖昧で何処にあるのかさっぱりわからないのに、はるのことを思うと『あ、ここに心がある』ってわかる気がするんだよ」 春は両手から伝わる温かさや藤ヶ谷の鼓動を 静かに受け止めていた。 いつまでもこうしていたい、そうする為には どうしてもあの日のことを話しておきたかった。 「あの・・・藤ヶ谷さん」 「ん?」 一度手にした温もりは、自ら手放すのは辛すぎる。でも、藤ヶ谷には話したい。 全てを打ち明けた上で、それでも自分のことを大切にしてくれるというのであれば・・・ きっと自分は藤ヶ谷と、真正面から向き合うことができる気がする。 春は深呼吸をする。 ふわりと漂うシダーウッドの藤ヶ谷の香りが、春に勇気を与えてくれた。 「僕は・・・大切な人を見捨てたことがあるんです。それも、二回」 「うん・・・」 藤ヶ谷は近くにあった小さな椅子をベッドの横へ引き寄せて座ると、そっと春の手を握りしめた。 「11歳の誕生日の夜・・・僕は母を亡くしました。僕の誕生日ケーキを買いに行った母は、αの男たちに襲われて・・・」 「うん・・・」 春は自分の手を握る藤ヶ谷の手が、さっきより 強く握られていることを感じた。 それがなにより心強くて、春は言葉を続ける。 「あの日、家で留守番をして待っているようにって言われたのに、雨が降り出しそうな空を見て、僕は母に傘を届けようと後を追いかけたんんです。でもそれは口実で・・・本当は丸いケーキを早く見たかっただけ、なんですけどね」 「・・・子供なんて、そんなもんだよね」 「でも、僕が見たのはケーキじゃなくて・・・連れ去られそうになって、必死に抵抗しながら助けを求める母の姿だったんですよ」 ふわっと、藤ヶ谷の纏う香りが一層濃くなったように感じた。 それはまるで、あの日の自分までをも癒してくれるような気がするほどに、とても強く――

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