37 / 101

第36話

 暗い扉。  玄関を開けると、ぼんやりと立ち尽くした圭吾が居る。  頬を撫ぜ、上を向かせて口づける。  そして、涙が一筋……  重苦しさに寝返りを打とうとしたが体が動かない。  鼻先をふわふわとした物が先程からくすぐっている…  感じる胸の重みと、温もりを抱き締めると、重い筈のそれが嬉しくて……嬉しくて……  髪の隙間に鼻先を入れるように擦り寄り、ほっと息を吐いた。 「ちがっ  あーもーっ!!」  フライパンを片手に圭吾がぎょっと固まる。 「弱火だって」 「いいよ、焼けたら」  そう言ってむくれる。  圭吾はあまり料理にこだわらない方だったらしく、出せば大概の物は旨そうに食べた。  こだわりがないのは作り方もそうで、オレが幾ら教えようとしても大雑把にしてしまう。  だから圭吾の作った物はいつもどこか焦げそうになっていたり、味がぼやけたり……でも、それが旨かった。  二人で笑いながら、分けて食べ合う。  何度教えても覚える気がないのに、次こそはちゃんと教えてくれと言う言葉に苦笑していた。  確かに二人で分かち合って、二人で過ごして、二人とも幸せだったと思っていた。  思っていたのに……  圭吾が心から名前を呼ぶのはオレじゃなかった… 『――――』  酔い潰れた圭吾が深い感情を込めて囁いた人の名前。  もう、そいつとは別れたものと思っていた。  いや……別れたのに、心は常にそいつに寄り添っていたんだ。  二人で生活した時間、圭吾の心にはずっとあいつがいた……  それに気づかない振りして、そんな偽りを混ぜた生活でも続けていればいつかは本当になってくれると信じて……  信じて……  信じていた…

ともだちにシェアしよう!