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第70話
「こんな風に持てるようにな」
「 それは、ケイさんがそうやっていたから?」
はっとしたのはオレじゃなくて計都自身のようだった。
動かすなと言っておいた手で口を塞ぎ、力を入れて体を縮こめている。
「い、や ばぁさんから教わったことだけど」
「 ん」
ふいに聞いた名前は頭を横殴りにする衝撃で。
しどろもどろに返事だけをして、その後の言葉が探せなくなった。
どうして、圭吾なんだ……?
「 ごめん、俺ソファーの方行っとく」
「あ、ああ。具合悪いのか?」
萎れて見える背中に問いかけると、こちらを向きそうで向かないまま首を縦に振った。
「じゃあソファーじゃなくて部屋に戻れ」
「……ん。分かった。少し寝るね」
拗ねてるでもない、笑ってるのでも、怒っているのでもない微妙な顔で部屋へと歩いて行った。
シュンシュン と音を立てるケトルを持ち上げてはみるが、何もせずに下ろして火を止める。
ずるずるとキッチンに凭れながら座り込むと、ずっと詰めていたらしい息が零れた。
「 ケイ……」
呟けば蘇るのは寂寥感と罪悪感と……それから?
急に感情の迷路に入り込んでしまったかのように、答えの感情を見つけ出せずに顔を覆った。
普通の稲荷寿司と、皮を裏返した稲荷寿司、そして自分が食べたかった筑前煮をタッパに詰め込み、思っていたよりも大げさになった荷物を見詰めてどうやって移動しようかと思案に暮れる。
「 あ」
閃いて、翔希の電話番号を押した。
車を持っている兄貴なら、運んでくれるだろうと弟的考え方だったんだが……
「あ、翔希?」
「 ……いえ」
低い声は、翔希の物じゃない。
呼び出す番号を間違えたか?
ひやりとして慌てて画面を確認するも、そこには翔希の名前が載っている。
「あの、谷 翔希の携帯では?」
「翔希は今、手が離せませんので私が承ります」
四角四面な言葉になぜか急に苛立ちが沸いたのはなぜだったのか。
「じゃあ、伝言をお願いします。恭司が逢いたがってるって!」
言い終わるかどうかの瞬間、電話の向こうが混乱したかのような騒ぎが聞こえ、移動音と荒い息の音がしてから、翔希の声が聞こえてきた。
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