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第72話
起こすことが躊躇われて、思わず床に座り込む。
「なんなんだ」
呟いた言葉に反応したのか、暗い闇の中ピクリと髪が揺れた。
「 ん」
「起きたか?」
辺りを見回しても暗いせいかよく見えないらしい。
ゴシゴシと乱暴に目を擦って、こちらを向いた。
オレは、目を覚ました計都にどんな表情を向けていたんだろう。
「キョウジ?」
少し問いかけるような名前の呼び方に、ざわざわと悪寒が背中を伝う。
圭吾がよく呼んでいた呼び方だ。
なぜ?
眩暈を感じて後ろに逃げると、猫のような目でじっと見つめる計都が四つん這いのままこちらに少し、近寄ってきた。
「 ケイ」
呻いただけだったのに、計都は花が咲くようににっこりと微笑み返してくれた。
暗い部屋で視界も悪いはずなのに、そこだけが花咲くように見えるのは……
指先がオレの足に触れた瞬間、大げさに飛び上がってしまった。
「 っ」
驚いたのはオレではなくむしろ計都の方だったようで、結果はじかれる形になった手のやり場に困っている風だった。
お互いに沈黙の後、猫のようにこちらを見据えながら、もう一度手を伸ばされて、逃げる機会を見失って動けないでいたオレに触れて来る。
「 」
声が、出なかった。
その時、タイミングを見計らったかのようなチャイムの音に張りつめた空気が壊れ、オレは慌てて立ち上がった。
後ろを振り返ればまだ計都がこちらを見つめていると言うのが分かってはいたが、振り返らずにその部屋を飛び出す。
扉を開けた際に兄の様子に引っ掛かりを感じたものの、訊ねようとする前に計都が飛び出してきて邪魔された。
計都の腰を掴んで高く持ち上げる姿を見ていると、オレと計都とどちらが弟なのか分からなくなって小さく呻き声が出た。
計都は計都で、翔希の首にしがみついて嬉しそうに笑っているのが、なんとも複雑な気分にさせる。
「……」
「ちょーっと重くなったね」
「テンチョのご飯美味しいからー」
「毛艶もいいね」
「オレが頑張ってるからな」
イライラして言ってやると、なぜか計都を抱き上げたまま「で?」と返され、足元の荷物を指さした。
「 これ運ぶの手伝って」
「それだけ?」
「それだけ。あと食べるかなと思って」
翔希は微妙そうな顔をして荷物を見下ろし、やれやれと眉を上げた。
「だから大したことないって言っただろ」
「中身は?」
うきうきと中を覗き込んだ翔希の目がぱちくりとし、にやにやとした視線を遠慮なく向けてくる。
「おばあちゃんのと同じだなぁうまそう」
「一箱持ってっていいぞ」
ぱぁっと顔が明るくなるあたり、この味で一緒に育ったんだと実感できる。
食べたがると思ったのは当たったらしい。
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