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第74話
記憶の中の味に、勝るものはないと思う。
何年経とうとも、それに勝つことはできないのだ。
「あー、うん。おばあちゃんの味」
翔希はそう言うが、やはりどこかが違う気がする。
記憶補正かもしれないしが、一口食べて唸るオレに計都は不思議そうな顔をしている。
「食べるか?」
「うん」
あーんと大きく開けられた口に、なんも迷いもなく稲荷寿司を一つ摘まんで放り込んでやる。
美味しそうに噛む姿を見るに、そうずれた味ではないらしいので、ほっと胸をなでおろした。
「美味しいか?」
「うまーい」
唇の端に垂れた雫を拭ってやっていると、視線を感じる。
「ここでいちゃつくか」
「そう言うのは家でやってくださいよ」
翔希と壱の呆れた声に、はっとした。
ついいつもの調子で食べさせたが、感覚がすっかり狂っているらしい。
「ちが 右手が使えないから」
しかたなくと続く言葉はすでに聞いてもらえておらず、筑前煮の方に話題が移ってしまっていた。
「…………」
「こっち、もらって帰りますね」
大きい紙袋の方は壱に持って帰らせる為に用意したものだ。食べ盛りな弟達を考えると足りるかと不安になるが、壱は嬉しそうだ。
控室に入れるのを手伝っていると、穏やかな笑顔で壱が礼を言ってきた。
「ありがとうございます。弟達、喜びます」
「そか、嬉しいよ」
「元気になったようで、ほっとしました」
小さな声に、壱に心配をかけていたのだとわかった。
雇用主として、プライベートなことで壱に気を使わせたと言うことが申し訳なく思えて、項垂れて「すまん」と返す。
壱は少し言葉を探したようだったが、目を眇める癖を見せて肩を竦める。
「あの これは、もっと早く言うべきだったのかもしれないんですが。今なら、聞いてもらえるかと。圭吾とのことで……」
その名前を出されると落ち着かない。
汗の噴き出した手で拳を作って、逃げださないように力を込めた。
「店長は確かに加害者ですが 被害者でもあると、思っているので 」
そんなわけがない と、言葉が喉に貼りついて出ない。
「店長が圭吾にしたことも、圭吾が店長にしたことも」
「 オレが圭吾にしたことはあっても、されたことなんか ない」
オレ一人がのぼせあがって、オレ一人で悪あがきして、オレ一人で放り出した。
嫌な汗に喉元が詰まる気がしてワイシャツの首元を引っ張るが、それで呼吸が楽にならないのはよく知っている。
「圭吾は、振れない袖は振るべきじゃなかったと思います」
「 オレが、つけこんだからだよ」
「それでも、応えるべきじゃなかったと 。せめて、気持ちの整理がつくまでは」
「押しに弱いから オレはそれを知ってた 」
たぶん、この会話は堂々巡りだ。
壱の聞いてもらえると思ったのは気のせいで……
それに気づいたのか、壱はしばらく何も言わなかった。
「 ただ、」
ぽつりぽつり、それでも頑ななオレに言葉をくれるのは、本当に心配してくれているからなんだろう。
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