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第85話
シンプルな封筒と便箋をテーブルに広げる。
それを面白そうに眺める計都の視線が気になって仕方がない と、言うか気恥ずかしい。
「 ちょっと、向こうで転がってろ」
「ええー!ソファーで転がってたらテンチョ怒るのにぃ」
「今はいい。ちょっと考え事するから大人しくしてろ」
大人の勝手な都合だーと叫ぶ計都をソファーへと押しやり、広げた便箋の前に座って落ち着いてから深緑色の手帳を取り出した。
中には、圭吾が出て行ってから一度だけ来た葉書が挟まれたままで……
眺める勇気もないのに、捨てる勇気も出なかった物だった。
「 今更届くとは……思わないけど」
何を書くのか、正直浮かばなかった。
書きたいことが何も出てこなかったし、逆にたくさんありすぎたのかもしれない。
結局、体調のことを伺う文と、こちらは元気でやっていること、そして暴力に対する謝罪と……
何か困ったことがあった時は連絡を と言う言葉はやめて、「お元気で」と一言書いた。
封をしてしまえば、もう訂正はできない。
彼に送る最後の言葉が正しかったのか心中で繰り返してみたが、他の言葉は見つからなかった。
圭吾とオレの人生において道が交わることはもうないだろう。
これが、圭吾との最後に切れる糸だ。
計都がこの家に来るまで、こんな物を書けるなんて思わなかった。
ただただ、謝罪できないままに抱えた罪悪感に擂り潰されて生きていくのだとばかり思っていた。
感動も、喜びも、嬉しさもなく、惰性の日々を……
「 ふ」
そんな自分がどうしたことか手紙を書いたと。慣れないことをしたと自嘲の笑いが起きるが、気分は殊の外すっきりしている。
「計都。ちょっと出かけてくるから。ついでに必要な物とかあるか?」
リビングから声をかけると、ソファーに転がっていた計都がむくりと起き上がり、こちらをじぃっと見詰めてきた。
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