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第87話
買いすぎたせいかケーキの箱が思いの外大きくて、鍵を探すのに手間取った。
いそいそと鍵を回して扉を開けた瞬間覚えた違和感は、足元がなくなるかのような不安と似ていて……
何が変わったのでもない、窓から見える青空もそのままだったのに、空気の違いに気が付いた。
「計都?」
そうだ、テレビの音がしない。
そして、バタバタとこちらに駆けてくる足音もしない。
「 計都?」
部屋で寝ているのだと思いたかったが、落とした視線の先には靴がない。
縋りついた「寝ている」の言葉だったのに、部屋の扉を静かに開けると言うことに気が回らなかった。
大きな音が響いた後の静けさは何よりも大きくて……
乱れのないベッドの、その足元にあったカバンがなかった。
それが示す意味は?
『ありがと』
もじもじしながら呟かれたあの言葉は、
今まで『ありがと』、の……
ひ と喉の奥が鳴った。
電話を掛けた時、混乱していたせいかかなり支離滅裂なことを言ってしまっていたが、翔希はうまく聞き取って返事をくれた。
「俺のとこには来てないよ。計都君はまだ携帯持ってないんだよね?」
「あ ああ」
何時間も家を空けていた訳ではないのだから、出て行ったとしてもまだ近くにいるはずだ。
「どこか一緒に行ったところとか、行きたがってたところとかないか?」
怪我のこともあったから、遠出なんてしたことはなかった。
いや、買い物に行った。
それだけじゃない、もう一か所行った。
ファミレスよりは動物園の方が確率は高いかもしれない。
全力で走って、先にファミレスが見えたので覗き込んでみるが、ピンクの頭は見つからなかった。
もともとそんな気がしていたので、それ以上探すことなく動物園に足を向ける。
……と、漂ってきた香ばしい匂いにはっと足を止めた。
甘ったるい焼き立てのメロンパンの匂い。
そうだ、ここで
仕事柄人の顔を覚えるのは得意だ。
躊躇う足に活を入れて、ブルーシートのはためく公園へと向かった。
視線も、臭いも独特だった。
先程メロンパンの匂いを嗅いでいたから余計に思うのかもしれないが、苦手な雰囲気だ。
「 あの」
確か、あの時計都が駆け寄ったのはこの老人だったはずだ。
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