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第88話

 現に声をかけると向こうは大げさに驚いて見せた。  何も特別なことはない、ただこの辺りをねぐらにしている人々の中の一人にしか見えない。  皺の多い顔は表情が読めなくて、問いかけたところでまともな返事が返ってくるのか疑問に思わせる。   「  軽蔑」  え?と老人の方に目をやる。 「驚愕」  何を言っているのだろうか?  けれどさっきの言葉は…… 「疑り、そして気づき」 「何を    」 「あの子の怪我はお前か」  呼吸がつっかえる。  計都が許してくれたとは言え、罪悪感はぬぐい切れていない。 「 あ、れは 」 「誰かと一緒にやったのか」 「ちが」 「いや、君が決定打を負わせたのかな」  背の低い老人はぎょろりとこちらを睨み上げてきた。  気圧されて、いい年をして逃げ出したくなる、けれど一縷の望みのために踏みとどまった。 「 計都、の  居場所を、ご存じじゃありませんか?」 「あんな怪我を負わせて、次は何をする気だ?」  この老人の目は、計都のこちらをじっと見つめてくる目と似ていて、何もかもが見透かされる気がする。 「  怪我   は、自分がやっ やりました。そのことが悪いのはわかっています。次は    抱き締めます」  オレを睨みつけていた目がぱちりと瞬き、小さな光を灯したまま柔らかに歪められた。  視線から逃れた途端、何かから解放された気がして深く息を吸い込む。 「   だから、計都の」 「計都が出て行ったのなら、君の傍に居場所がないと言うことなんだろう」 「   っ」  否定を込めて首を振ると、老人は緩く溜め息をついた。 「先程、驚いただろう」  出会いがしらのあの言葉。 「    少し」  そう答えたが、自分の心の動きをその度に指摘されるのは動揺  と言うより気味が悪いと思ってしまう程だった。 「計都も同じことができる」 「 は?」 「あの子はよくよく人を読む。だから、君の傍に居場所がなくなったのを感じ取ったんだ」  何を言っているんだと、思った。 「何をと思うのも当然だ。外れたか?」 「     いえ」    気味が悪いと言うよりも、次が当てられるのが怖くなって口を引き結ぶ。 「警戒しても筒抜けだ」 「あの、   でも、  」  言葉が出ない。 「別に言葉はいらん。喋ったところで人は嘘を吐く」  ばっさりと言われてしまうと、顔を向けることも話をすることもできなくなって、足元に視線を落とした。  どちらにせよ、このままでは埒が明かない。 「  すみません。もう失礼します」 「まぁ待て。君は気が短いな。やきもち焼きですぐかっとなるんだろう」  自覚があるだけに痛い言葉で、怒っていいのか逃げていいのかわからない、だが今すべきことは暢気な会話じゃない、計都を探すことが最優先だ。 「自分で分かるのはいいことだ」  にやりとした笑みはからかわれているのかどうなのか…… 「二つ、教えておいてやろう。あの子が猫のようにじっと見る時は、観察している時だ」

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