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第93話
マンションの扉に鍵を開けた時、軽く回った感触に鍵を掛け忘れたのかとヒヤッとしたが、玄関にきちんと揃えられた靴を見て翔希が来ているのだと気づく。
ここを飛び出す前に電話を掛け、計都がいなくなったことを知らせていたことを思い出した。
何かの時にと渡してあった合鍵で入ったんだろう。
「兄貴、わる か ────っ」
ひゅっと喉が鳴る。
幼いころからの習い性で、これはまずいと咄嗟に避けようとしたが間に合わなかった。
ゴッと額に走った痛みは呻く前にさらに押し込まれる痛みで上書きされ、掴まれた首元がぎりぎりと締まる。
オレよりも穏やかそうな外見だったが、怒りやすさでは兄の方が上だった。
頭突かれたせいか、視界がチカチカと眩む。
「やっぱり!こんなことになってた!」
至近距離で睨まれるが、垂れ目は迫力出ないんだ とどうでもいいことを考えながら、あっちを見ろと後ろを指さす。
「ショウちゃん!ショウちゃん!!」
計都が割って入ってくれたおかげで手は離れたが、翔希の怒りは収まっていないようだった。
「危ないからちょっと離れててくれる?」
「だめ! 俺、ごめんね、ショウちゃんに迷惑かけてごめんね!」
「 迷惑じゃなくて、心配をかけたんだ」
「 ごめんなさいぃ、もうしませんんー……」
こうやって見ると、確かに計都は翔希のことがよくわかっているようだ。こんな風に謝られてしまうと、これ以上怒ることができないのを知っているようだった。
「戻ってきたなら、もういいよ」
ピンクの髪を掻き混ぜられて、へらへらと笑う計都をこちらへ引っ張った。
「兄貴、聞いてるんだぞ」
「何を?」
「計都とグルだったって」
「協力しただけだし」
同じ言い訳を動物園でも聞いた。
言動だけなら、計都と翔希の方がよっぽど兄弟だろう。
「ギプスを長くするのも良くないから、ほっとしたよ」
「ふざけんなよ」
なんてことないように言うのに腹が立って呻くと、兄の余裕なのか笑って返された。
「あー もーいいよ、怒っても無駄な気がしてきた」
「可愛くないこと言うなよ。お兄ちゃんは弟に構って欲しくて頑張ってるんだから」
構われる弟はたまったもんじゃない。
翔希は計都の顔を掴むと目の下を引っ張り、それから腕を取って「体が冷えてるね」と医者っぽいことを言う。
「風邪ひかさないように。じゃあまたな」
「 帰るのか?ケーキがあるんだけど」
キョトンとした兄は肩を竦め、
「馬に蹴られたくないから」
そう笑って帰って行った。
店には臨時休業の知らせを出してきた。
熱いコーヒーといつもの通りぬるくしたココアを置いて、ケーキを出す。
「うーまーそー!ケーキ!!」
「美味しそう」
「おいしそうー!」
言い直した計都にフォークを渡して席に着いた。
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