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第96話
……戻した、が、計都の傍に人が寄るのが落ち着かない。
「納まるとこに納まったらめんどくさい人ですね」
「いやいや、そもそも客席に座るのはお店としてもよくないから」
「言い訳にしない」
目を眇める壱には、申し訳ないとしか言いようがなかった。
けれどそわそわしてしまうのは仕方がなく、手元の作業がうまく進まない。
からん と柔らかなベルの音に、計都が飛んでいく。
「おじーちゃん!」
素っ頓狂な声に何事かと思うと、一人の老紳士がマフラーを外すところだった。
おじいちゃんと呼んだか?
計都の知り合いかと思った瞬間、
「訝しみ」
そう返されて背筋が伸びた。
「あっ 」
「どうでもいいとは言ったが、挨拶にくらい、来ても良かったのではないかな」
あ とも、う とも形容しがたい声が出る。
「私は苦手かね」
薄く笑いながら座るその姿は、住所不定であそこに住み着いていた時とは違い、一目見て上等だとわかる三つ揃えのスーツ姿だった。
「すまないが、アルコールは苦手でね」
「ノンアルコールもありますが」
「いや、冷たい水を」
「わかりました」
老人の隣には計都が嬉しそうに座っている。
「メロンパン美味しかった?」
「ああ、美味しかったよ」
「今日は講義があったの?」
「そう、面倒な日だ」
どこに笑う要素があったのかわからないが、二人は笑い出した。
不思議な生き物を見ている気分で、水と氷で満たしたグラスを差し出す。
「それで、計都。紹介をしてくれ」
「うん、わかった。テンチョ、島木のおじーちゃん」
「 その節は大変失礼しました。計都さんとお付き合いさせていただいてます、谷恭司です」
「谷……」と名前を呟く姿は、気難しそうな印象を受ける。
計都の親しさと、名前から察するに他人ではないのだろうと思うが、似ているところを探すのに失敗した。
「残念ながら、実の孫ではないよ」
この人の前にいると言葉がいらないのではないかと思ったりもするし、この考えも自体も筒抜けているのかもしれないとも思う。
仕事柄ある程度、表面くらいは取り繕えるような気になっていたが、思い上がりだったようだ。
「島木計都は孫だがね」
ふふふ、と二人して笑うが、やはりオレには笑いどころが分からない。
「シマキ君、手伝って」
「はぁい」
壱に呼ばれて向こうにいく計都の背中を見送って、老人はこちらに首を傾ける。
「あの子の名前は私がつけた」
「はぁ 」
「亡くなった孫の名前だ」
目が回りそうになったのは、この老人が急に気持ち悪く思えたからだ。
何を言ったんだと、正体のわからない生き物を見る気で視線をやった。
「悪いことをした。それでもあの子は慮ってあの名前を使ってくれる」
内心を読む老人は、オレの思いが分かったのか苦そうな顔をした。
「 あの子はそんな風に何でも受け入れてしまえる」
「私との付き合いに、反対ですか?」
「 」
質問に対する間は肯定だろうか?
「 私がなぜあそこで暮らしているか、わかるかね」
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