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第10話 男の友情【柏木】

 初めて出場したコンクールの後、草薙は変わった。  一度こうと決めたら、黙々と取り組む性格なので、そのあまりにさり気ない変化に、気付いた部員は、当初、殆どいなかった。しかし、部活の時間以外も使って、秘かに、走り込みや筋トレを始めていたようだ。部室や教室では、牛乳を飲む姿がよく見られた。弁当の大きさも、一回り大きくなった。  数か月も経つ頃には、成長期もあいまって、草薙の身体は、みるみる(たくま)しくなった。自覚や覚悟が芽生えて精神面でも成長を遂げ、その顔立ちに、精悍(せいかん)さが加わった。演奏面では、明確に音色が変わった。筋力と肺活量に支えられ、音量、豊かさ、切れ、表現力が格段に向上した。  新春を迎えた頃には、草薙の背丈は、柏木や柳沢とほぼ並んでいた。  そんな草薙を見て、柳沢は、真顔で言った。  「草薙は、今でもトイプードルっぽいよ。でも、前は、可愛らしいテディベアカットだったのが、今は、ちょっとキリっと、シュナウザーカットにバージョンアップしたみたいな感じだな」  彼は、自宅でトイプードルを飼っている。スマホで、愛犬の写真を柏木と草薙に見せてくれた。  「ほら。トリミングの仕方で、全然雰囲気が変わるんだよ」  草薙は、やや不満そうな顔で、「・・・でも、やっぱりトイプーなんですね。ジャーマンシェパードとか、ハスキー犬とは言いませんけど、僕、ラブラドールレトリバーとか、シェットランドシープドッグの方がいいなあ。・・・この、クルクルの髪がいけないのかなあ。もっと短くしようかな」と、自分の鳶色(とびいろ)の巻き毛を指先で(いじ)りながら、口を尖らせた。  そんな二人のやり取りを見ていた柏木は、微笑みながら、さり気なくフォローした。 「すごく頼もしくなったよ。草薙は。去年のコンクールの後から、人一倍頑張ってきたもんな。体力も付いて、練習の量もハードさも、かなり負荷あげてるもんな」  そう真顔で言った後、照れ隠しのように「身長も、もう俺より高いんじゃないか? 逞しくなったしなぁ。腹筋六つに割れてるって噂、ホントかよ?」と、下心を隠し、まるで、久しぶりに会った弟の成長を喜ぶ兄のような口ぶりで、さり気なく、その腹に触れた。 「うわ、硬っ!」  身体は一回り二回りと大きくなったが、こういう場面になると、頬を赤らめてアワアワとなり、「はっ、恥ずかしいです」と言いつつも、手を払いのけるでもなく、柏木のなすがままの草薙は、やっぱり可愛い、と、柏木は思う。  そんな柏木の下心を知ってか知らずか、草薙は、真剣な眼差しで、まっすぐ柏木を見つめた。  「圭先輩は、指揮者として、バンド全体を見なきゃいけない立場じゃないですか。僕は、実力も経験も知識も、まだまだですけど、トロンボーンパートのことは、もっと安心して任せてもらえる男になりたいんです」  おずおずと自分の後を付いてきていた少年が、いつの間にか、肩を並べて、隣を、同じ目標に向かって歩こうとしている。  見た目だけでなく、精神的にも成長した草薙が、自分を支えるパートナーに変貌(へんぼう)を遂げつつあることに、胸が熱くなった。    柏木は、無言で、右手を草薙に差し出した。草薙は、「ん?」という表情を浮かべたが、素直に、柏木の手を握った。柏木は、左手を草薙の背中に回し、軽く引き寄せ、肩と肩をぶつけた。  男同士の友情のハグ。  手と身体を離しながら、柏木は、軽く笑みを浮かべ、草薙を見返した。  草薙の胸にも、温かいものが広がった。柏木に、男として、対等な存在として認めてもらえた気がした。

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