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第13話 最後の挑戦【柏木】
平日の朝と放課後に加え、毎週土曜日の自主練が始まった。まとまった時間が取れる貴重な週末は、楽器を吹くだけでなく、「どう解釈するか、どう表現するか」といった議論も活発に行われた。
練習をサボったり、予習してこない部員は、もう居ない。部員全員の前で公然と言い争った、フルートの菊田とサックスの片桐も、すっかり関係を修復し、お互いに「そっちのパートでは、こういう練習って、どうやってる?」等と、相談し合うようになっていた。
自分たちにできる最高の演奏をしよう。その合言葉で、全員が燃えていた。
部員たちの前向きな姿を、柏木は、頼もしく感じていた。
(一年前の俺には、こういう風に、みんなのやる気に火を付けることはできなかった。自分ひとりで何とかしなきゃって、空回ってたんだよな・・・。)
あんな悔しい思いを、二度としたくないし、後輩には、もっと味合わせたくない。その気持ちは、柳沢のみならず、柏木も全く同じだった。
自分たちは、間もなく青陵高校ブラスバンド部を引退するが、後輩たちには、これからも、音楽の楽しさや、仲間と力を合わせることの素晴らしさを、大事にしてもらいたい。
そんな祈りは、白ブレザーのユニフォームに込めて、草薙に託した。
自分にできるのは、あとは、見守ることだけだ。
月日は飛ぶように過ぎ去り、いよいよ、夏の終わりとともに、全国吹奏楽コンクールA県大会が始まった。
眩 いステージの上で武者震いする部員たちに、柏木が、そのタクトを振り上げた。
「さぁ。俺たちの演奏を楽しもう」
永遠で、一瞬の、十二分間が始まる。
やはり、出だしは緊張で硬い。(もっとリラックスしようぜ!)柏木は、肩を上下させ、部員たちにウインクした。何人かが、かすかに笑みを見せた。
ムードメーカーの上杉が、いい仕事をしてくれている。彼のユーフォニアムは、いつも以上に、柔らかい音色で鳴っている。彼のいい表情につられるように、金管楽器の面々は、肩の力が抜け出した。
背後に控える金管楽器が落ち着いて、力強い音を響かせれば、たとえその姿が見えなくても、ステージ前列の木管楽器も安心する。その土台を信じて、華やかに、キラキラとしたメロディを奏でる。
楽器ごとの人数が多い木管は、チームワークが命だ。それぞれのパートリーダーが、指揮者の柏木のみならず、メンバーともしっかりアイコンタクトをとっているからか、全体として息の合った演奏に仕上がっている。静かな聞かせどころでは、菊田のフルートが、ソロで、切ない音を響かせる。
そしてフィナーレ。男子校らしく、全ての楽器が、ここぞとばかりにメリハリを効かせ、パワーで押す。全員の表情が、活き活きとしている。
十二分間の演奏を終えた時、演奏者だけでなく、指揮者の柏木も、全速力で走った後のように息が上がり、汗だくになっていた。客席からは、隣の人の声も聞きとれないほどの拍手が鳴っている。呆然とする部員たちに、柏木は、白い歯を見せた大きな笑顔で、右手の親指を立ててサムズアップした。部員たちの顔に笑みが広がるのを見、改めて両手を広げて、全員に立ち上げるよう促した。
柏木のお辞儀に合わせて、全員が礼をする。
ステージを降り、楽器を片付けた。自分たちの出番が無事に済み、緊張が解け、ひとしきり自分たちの健闘を互いに称え合った後は、
「・・・全国大会に出れるのって、上位三校だけなんだよなぁ」と、誰かが呟いたのをきっかけに、全員が不安げな表情になった。
「俺たち、できることは、もう全部やったじゃん?あとは、人事を尽くして天命を待つ、ってやつだよ」首尾よく演奏を終えて上機嫌の上杉が、周りの部員の肩をポンポンと叩いている。
全ての学校が演奏を終え、結果発表の時間となった。
「・・・続いて、私立青陵高等学校。
金賞。そして、全国大会に出場いただきます。おめでとうございます」
その瞬間、青陵ブラスバンド部全員が、歓喜の雄叫 びを上げた。
ガッツポーズする者。小躍りする者。隣の部員と肩を抱き合ったり、握手しあう者。思い思いに喜びを表現する姿があった。
片桐や菊田、上杉、柳沢ら、三年生が、次々に、柏木に抱き付いてくる。
揉みくちゃにされながら、柏木は、ある人を探した。青陵高校の座席は興奮の渦だったが、彼がようやく探しあてたその人は、大きな身体を小さく丸め、座席にうずくまり、激しく肩を上下させていた。
「草薙、草薙!」柏木は、その肩を優しく掴んで、引っ張って彼を立たせた。
「ひっ・・・くっ、ぅうっ・・・」草薙は、顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を零し、子どものように泣きじゃくっていた。
「頑張ったな、草薙。よくやったぞ」
柏木は、ほぼ同じ身長の草薙の後頭部に右手を回してポンポンと優しく叩き、その頭を自分の肩に引き寄せ、左手を背中に回して、強く抱き締めた。
柏木の喉元にも、熱いものがこみ上げていた。
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