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第15話 初めての彼氏【草薙】

 吹奏楽コンクール県大会は、草薙にとって、ジェットコースターのような、怒涛の一日だった。  間違いなく、今の自分たちにできる最高の演奏をした。自分たちらしく、楽しむこともできた。結果、全国大会出場権も獲得した。  感極(かんきわ)まって泣きじゃくる自分を、柏木が優しく褒めてくれ、その(たくま)しい胸に、強く抱き締めてくれた。  柏木に、いつか自分の気持ちを伝えたい、と思ってはいたが、勇気がなかった。しかし、この日の感動や興奮が、大胆な行動を草薙に取らせた。熱に浮かされたとは言え、ハッキリ告白した自分に、草薙自身が驚いた。  でも、もっと驚いたのは、柏木も「俺も草薙が好きだ」「付き合って欲しい」と言ってくれたことだった。  柏木が、好きな相手には、あんなに熱っぽい眼差しで、あんなに甘い声で囁きかけるなんて、知らなかった。  そして・・・。  草薙は、自分のファーストキスを思い出していた。  柏木のキスは、優しかった。  ごく短い時間、軽く唇同士が触れただけだったけれど、彼が、自分を愛おしく大切に想ってくれていることが、言葉以上に雄弁に伝わってきた。  頬に感じた彼の息遣いや、 柔らかくて、温かくて、少し湿った唇の感触。  好きな人の肉体を、一番身近に、生々しく感じた瞬間だった。  翌日、人気の無い、昼休みの校舎の屋上で、親友の竹下に、昨夜の出来事を打ち明けた。  「昨日、打上げの途中で、圭先輩と僕、居なかったの、気付いてた?」  「ああ、うん。途中、居なかったよな」竹下は、コーヒー牛乳を飲みながら、さり気なく答えた。  「圭先輩に、僕、好きですって言ったんだ」  「・・・へえ。(すみれ)、お前、思い切ったな」竹下は、驚いたように目を見開いた。  「そしたら、先輩も、僕のこと好きだって。桜井とは少し前に別れたって。付き合って欲しいって言われた」  竹下は、コーヒー牛乳のストローを口から外し、口をあんぐり大きく開けて、驚いた。  「そうだったのか・・・! どうりで、桜井のやつ、最近、圭先輩とイチャ付かないなーと思ったよ! ・・・それに、ユニフォームまでくれたりとかさ。圭先輩と菫は、単なる同じ楽器の先輩後輩にしては、距離が近いなーと思ってたんだよ。『超絶、面倒見が良い人?』とも疑ったけど、やっぱ、そういうことだなー」竹下は、一人納得したような顔でウンウンと頷き、再びコーヒー牛乳を口に含んだ。 「それでね・・・。一瞬だけど、僕、先輩とキスしちゃった」 「ブフォッ!」竹下が、盛大にコーヒー牛乳を()いた。  「お、おま・・、一年以上片想いしてた奴が、告白して両想いになった途端、その場でチューって・・どーゆー事だよ?! スピード感がおかしいだろ!」  「そ、そりゃ、僕も、ちょっと早いかな? とは思ったけど! ずっと好きだった人から、あんな色っぽく迫られたら、(たま)らないよ・・・」草薙は、頬と(まなじり)を赤く染め、微妙に口を尖らせ、長い睫毛(まつげ)を伏せながら言い訳した。  「圭先輩、さすがだな〜・・・。で、どうだった? やっぱ、うまいの?」竹下は、一夜で変貌を遂げた親友の横顔を、まじまじと眺めた。こいつ、こんな色っぽい表情する奴だったっけ?  「うーん、キス自体は一瞬だったけど、短い時間でも、気持ちって、伝わるものなんだね・・・。あと、前後の流れが、すごくスマートだった。キスした後、先輩の顔なんて恥ずかしくて絶対見れないって思ったんだけど。唇が離れたら、僕の顔を先輩の肩に引き寄せて、抱き締めてくれたんだ。落ち着くまで、そのまましばらく先輩にしがみついて、甘えてた。」ウフウフと惚気(のろけ)る草薙を眺め、 「・・・まあ、何はともあれ、うまくいったみたいで良かったよ。しかし、お前、アレだ。その伸びた鼻の下は何とかしろ。ダダ漏れだぞ?」竹下は、お花畑に旅立ちそうな親友に、一応、軽く注意した。  (いやー、百戦錬磨(れんま)の圭先輩にかかっちゃ、うぶな菫はイチコロだなぁ。赤子の手を(ひね)るようなもんだろ。こりゃあ、菫が処女を失う日も近いな・・・、って、うん? 処女じゃなくて童貞?? まぁ、どっちでもいいや。いずれにせよアレだ、赤飯の用意はしておこう)  若干の勘違いはあれど、竹下は、親友の初恋が実ったことを、喜んだ。

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