20 / 39
第20話 新たな門出【草薙】
「これより、第XX回 私立青陵高等学校 卒業式を始めます。それでは、卒業生、入場」
司会の先生のアナウンスを合図に、指揮者・麻生 のタクトが始動し、ブラスバンド部は「威風堂々」の演奏を始めた。
卒業生の入場ルートは、ブラスバンド部のすぐ隣を通るため、ブラスバンドのOB達は、通り過ぎる時に、現役部員である後輩たちに、手を振ったり、笑顔を見せたりしてくれる。
フルートの菊田が、
サックスの片桐が、
トロンボーンの柳沢が、
ユーフォニアムの上杉が・・・。
草薙は、先輩たちへの感謝の気持ちを込めて、トロンボーンを高らかに吹き鳴らした。次々と通り過ぎていく先輩たちの姿に、彼らと過ごした二年間が、走馬灯のように草薙の脳裏に蘇った。
そして、柏木 圭が、部員一人一人とアイコンタクトをしながら通り過ぎた。
普段は、自然にサラサラの髪をなびかせているが、今日は、コンクールや定期公演の時と同じように、前髪をあげて、額を見せている。
彼は、草薙と目が合った瞬間に、きゅっと目を細め、白い歯を見せた。草薙は、喉にこみあげる熱いものを飲み込み、頷いて見せた。
新歓のステージで、彼に出会った。
あまりのカッコよさに憧れて、その日のうちに、ブラスバンド部に入部届を出しに行った。
身長が高いことと、金管楽器の経験者であることを見込まれて、吹いたこともなかったトロンボーンにスカウトされた。
自己紹介で、名前をバカにされたら、庇 ってくれた。
いつも優しくトロンボーンを教えてくれた。
貧血を起こして倒れたら、介抱してくれた。
いつしか、対等な仲間と認めてもらえるようになっていた。
ダメ元で告白したら、両想いになれた。
誰かを好きになる胸の高鳴りや切なさを、
誰かが好きになってくれることの擽 ったいような喜びや幸せを、
好きな人と唇や肌を重ねることの気持ちよさを、
初めて教えてくれた人。
感慨深く見守っているうちに、つつがなく卒業式は終わり、今度は、退場曲として「栄光の架橋」を演奏した。
再び、先輩たちが前を通り過ぎていく。心なしか、みんなの目が光っていた。草薙も、目の前がぼやけ、マウスピースに当てている唇が、わなわなと震えるのを感じた。
卒業式の日は、一般の在校生は休みのため、現役部員たちは、卒業生が退場すると、楽器や譜面台を体育館から撤収し、そのまま音楽室や部室で、ブラスバンド部のユニフォーム姿のまま、先輩たちが挨拶に現れるのを待つのが通例となっている。
「おーい、菫 ー。大丈夫かー? 今から泣いてて、どうすんだよ。まだ先輩たち来てないのに」親友の竹下が、心配しつつ、軽い調子で、草薙の背中をポンポンと叩いた。
「な、泣いてないよっ・・・」草薙は、口を尖らせて反論したが、その唇は既に震えており、涙が今にも零 れ落ちそうに、その大きな瞳は潤んでいた。
「圭先輩、青陵大学だろ? 高校 の隣じゃん。これまでと殆ど変わんないだろ」呆れたように竹下が苦笑した。
そんなやり取りをしているうちに、ブラスバンド部OBの卒業生たちが、音楽室にやって来た。先頭はムードメーカーの上杉だ。
「よー! 待たせたな、諸君!」とおどける彼に、在校生も卒業生もどっと笑う。
主に、同じ楽器の後輩たちが、卒業生を取り囲み、花束や色紙を渡し、一緒に写真を撮る。
トロンボーンの一年生の三枝が、草薙の後ろから声を掛ける。
「草薙先輩、柏木先輩と柳沢先輩、いらっしゃいましたよ。」
「う、うん」慌てて涙を拭った草薙に、松原が花束を渡す。
「僕、柳沢先輩にお花渡すんで、柏木先輩には、草薙先輩からお願いします。」
「あ、ありがとう」
柏木と柳沢が、優しく微笑みながら、また泣きそうになっている草薙らトロンボーンの後輩たちに歩み寄った。
「柏木先輩、柳沢先輩、ご卒業、おめでとうございます」
本来なら、二年生の草薙がお祝いの口上を述べるべき立場だが、彼はテンパってそれどころではないと察した、機転の利く三枝が、素早く口火を切った。
「柳沢先輩、これ、僕たちから、ささやかですが、お祝いです」松原が、花束を手渡した。
「おー、草薙、三枝、松原、ありがとう」「わざわざ残ってくれて、ありがとなー」柏木と柳沢はいつも通りの、形式ばらない口調で、さり気なく後輩たちにお礼を言った。
「あ、あの、これ。お、おめでとうございます」草薙は、噛みまくりながら、まともな挨拶も口にできないまま、柏木に花束を差し出した。
柏木は、優しく草薙を見つめ、花束を左手に持ち替えると、右手を差し出した。草薙は、その右手を握り、左手を柏木の背に回し、右肩同士をぶつけるハグを交わした。
普段なら、すぐに身体を離すのだが、柏木は、花束を持ったままの左手で草薙をホールドし、ポンポンと何度か背中を叩いた。
「あとは、お前らに任せたぞ! これからも頑張れよ! 俺は、青陵大のオーケストラに入るつもりだから。隣で待ってるからな!」と、彼らしい激励の言葉を贈った。
涙目の草薙が、「は、はい・・・!こ れからも、青陵高校ブラスバンドの伝統を守って、いいバンドにしていきます・・・!」と答えると、周りの卒業生・在校生も、感慨深げに、うんうんと頷いた。
その直後、柏木が、草薙にしか聞こえない小声で、その耳元に囁いた。
「たまには、こっちにも来るよ。また、音楽室でエッチなことしようぜ」
草薙の顔が、一気に火を噴いた。
「ああ・・・。また、柏木(先輩)が、何かエロいことを、草薙(先輩)に言ったんだな・・・。いつも、仲のよろしいことで・・・」と、全員が苦笑しつつ、温かい目で二人を見守っていた。
二人の恋の練習曲 は、まだ、始まったばかりだ。
〜 第一部 了 〜
ともだちにシェアしよう!