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第21話 恋人と離れ離れの春【草薙】

 草薙にとって、青陵高校で迎える三度目の春がやって来た。  二年前の草薙たちと同じように、期待に胸を膨らませた、初々しい新入生たちが、目をキラキラさせてステージを見つめている。  数曲の演奏を終えた後、慣れない人前でのスピーチに緊張して耳を赤くしながらも、草薙は、新入生を優しく見渡して挨拶した。  「みなさん、こんにちは。ブラスバンド部 部長の草薙 (すみれ)です。ようこそ、青陵高校へ。  僕たちブラスバンド部は、青陵高校創立以来の歴史と伝統があります。顧問の先生も、いらっしゃいますが、生徒同士での自主・自律的な活動を基本方針としています。  昨年度の吹奏楽コンクールでは、強豪校の多いA県大会を勝ち抜いて、全国大会まで出場しています。  とは言え、僕たちは、決して、『勝つこと』自体を、目的にしているわけではありません。  吹奏楽は、みんなの心を一つにして、力を合わせて曲を作り上げるのが面白いところです。僕たちは、この世に一つしかない、『僕たちにできる、最高の演奏』を目指して、日々の練習に励んでいます。  たった三年間しかない、一度きりの高校生活で、素晴らしい仲間ができます。  初心者も歓迎します。毎年、初心者も数名ずつ入部していますが、先輩たちが教えますので、数カ月もたてば、合奏に参加できるくらい上達する人が殆どです。  そして、最後になりますが、みなさんの青陵高校での三年間が、素晴らしいものになることを、部員一同、心からお祈りしています。  次は、ブラスバンド部の最後の曲です。『A列車で行こう』。」  ぺこりと一礼して、自席に戻って楽器を構え、指揮者の麻生(あそう)に、目で合図する。麻生は、草薙に頷き返し、タクトを振り始めた。 ***  新体制に変わり、部長等の役職を決める段になった時、誰ともなしに、草薙を部長に推す声があがった。  「僕なんかに、部長は務まらないよ。歴代の部長さんたちみたく、ぐいぐいみんなを引っ張っていくタイプじゃないし・・・」草薙は、遠慮したが、  「いや、俺は、むしろ、菫みたいなタイプの方が、これからの青陵高校ブラスバンド部には合ってるんじゃないかと思うよ。  部長が、自ら周りをぐいぐい引っ張るんじゃなくて、みんなの意見によく耳を傾けて、部員たちが、自分の頭で考えて動くのを、縁の下で支えるっていうの?」 クラリネットの新パートリーダー・竹下の言葉に、他の多くの部員が頷いている。  「あのー、下級生の立場からも、一言、いいですか?」トロンボーンの三枝が手を挙げた。  「草薙先輩は、下級生に対しても、分け隔てなく、いつも親切にしてくださいました。しかも、すごく褒め上手で優しいし、僕や松原の意見も、先輩の方から聞いてくださるんです。  僕ら、草薙先輩の下で、本当に良かった、っていつも思ってます。だから、草薙先輩が部長をしてくださるのは、下級生としても、大賛成です」  三枝の横で、物静かな松原も、目を大きく見張って、うんうんと力強く頷いている。  「他に、誰か、『いやいや、次の部長はコイツだ!』っていう、推薦意見があるやつ、いる?」  指揮者の麻生が、音楽室を見渡した。手や声をあげる者はいない。  「じゃあ、次期部長は草薙 菫ということで、信任するやつは、挙手!」  全員が、ほぼ瞬間的に一斉に手を挙げた。  「「「草薙部長!」」」  部員たちの掛け声、拍手、笑顔に包まれ、草薙は、照れ臭そうに微笑みながら、立ち上がった。  「自信はありませんが、この青陵高校ブラスバンド部が、これからますますいいバンドになるように、僕にできる限り、精一杯頑張ります。みなさんも、力を貸してください。よろしくお願いします」  彼が謙虚に頭を下げると、一段と高い拍手が巻き起こった。 ***  新歓が終わり、自分たちの教室に戻る新入生たちは、口々に、どの部活が面白そうだ、とか、どの先輩がカッコいい、等と話し合っている。  「俺、ブラスバンド部の部長さんがいい! 背が高いし、カラダもカッコいいのに、優しそう!」  「わかる! 俺の姉ちゃん、〇〇女子高なんだけど、あの人、この周辺の女子高生の間でも有名だって。背が高くて細マッチョなのに可愛いから。『スミレ王子』って呼ばれてるらしいよ」  「じゃあ、モテるのかなー?」  そんなわけで、『スミレ王子』草薙とお近づきに、という不純な気持ちで入部した新入生も若干いたが、入部早々、周りの上級生から、「あー、草薙(先輩)?ダメダメ。あの人、イケメンでスパダリな彼氏とラブラブだから。」と、瞬殺されたのだった。  しかも、そういう下心をもった新入生の存在を見透かしたかのように、草薙のスパダリ・柏木が、その日の放課後の練習に、隣の青陵大学から遊びにやって来た。  ライトブルーのリネンのシャツに、ホワイトデニムという爽やかな出で立ちで、トロンボーンケースを提げて部室に現れた柏木は、顔見知りの二年生・三年生に、白い歯を見せて笑いかけていた。  凛々しい太い眉に、奥二重で切れ長の涼しい目元、柔らかそうな唇。細面のシャープな輪郭が男らしい。肩や胸は逞しいのに腰は細く、長い脚。ボタンを二つ外したシャツの胸元から覗く胸筋が何とも色っぽい。  男の園・青陵高校でも、群を抜くイケメンに違いない。  「た、確かに、超絶イケメン・・・」  「胸元が、セクシーすぎる・・・」ひそひそ話し合う新入生の後ろから、  「・・・圭先輩!」と躊躇(ためら)いがちに叫ぶ声がした。   頬を軽く赤らめ、困ったように眉を下げ、瞳を潤ませ、楽器磨き用のクロスをきゅっと胸の前で両手で握りしめ、少し上目遣いに柏木を見つめる草薙の姿は、まさに、恋する乙女だった。  柏木は、草薙の声を聞きつけるや否や、その切れ長の目を、弓なりに細め、 「菫、ごめん。来るの、遅くなっちゃった」と、他の後輩に対するのとは、明らかに異なる優しい表情と甘い声で応え、恋人の許に歩み寄る。  「これ、大したもんじゃないけど、みんなで食べて。」柏木が、チョコやら煎餅やらのファミリーパックが幾つも入ったビニール袋を草薙に手渡すと、 「もう・・・。そんな気を遣わなくて良いのに・・」と言いながらも、草薙は嬉しそうに受け取り、クルッと後ろを振り向き、  「あ、これね、OBの圭先輩からの差し入れ。練習の前後とかにみんなで食べよう?」と、女神のような優しい笑顔でニッコリ、近くにいた下級生に、袋を手渡した。  草薙に微笑みかけられた下級生は、ポーッとなって、受け取った袋を胸に抱いている。  「「「圭先輩、あざーっす!」」」二年生・三年生がお礼を言うと、柏木は、ニッコリ無言で微笑み、視線を再び草薙に戻した。  「そろそろ、コンクールの曲決める時期だよね? 候補とか、絞り始めてる?」  「はい。顧問の先生と、麻生と相談しながら。青陵高校(うち)らしい曲にしたいね、って何度か話し合ってます。そろそろ数曲リストアップして、みんなに聞いてもらってから決めようかと思ってて」  「うん、そうか。曲決めるところから、部員で話し合うのは、良いかもね」  普通に部活の話をしているだけなのだが、二人が見つめ合い、話し合っているだけで、部室内には、何とも言えない甘い空気が漂い出す。  上級生たちは、慣れたもので、「ああ、始まった、始まった。いつものやつ。」と、平然とスルーしているが、免疫のない新入生たちは、アワアワと頬を赤らめ、目を逸らすしかなかった。  「草薙先輩の彼氏、すごかったな~・・・。見た目もだけど、何て言うの?彼氏力?」  「確かに・・・。先輩たちが『イケメンでスパダリ』って言うの、分かったわ~」  「ていうか、草薙先輩も、すごかったよな~・・・。普段は、優しいとは言え、最上級生の貫禄って言うの? 落ち着いててカッコいいのに。彼氏の前では『デレ』しかなかった・・・。二人とも、同じくらいの身長なのに、あの甘えた上目遣い・・・。」  「王子って言うより、彼氏の前だと、むしろ、姫って感じ?」  「「「それな」」」  柏木との、あまりの力の差を見せつけられ、早々に戦意を喪失し、肩を落として帰宅の途につく新入生たちだった。  しかし、彼らは知る(よし)もなかったが、この春、柏木が大学へと進学して、恋人と離れ離れになったことに対し、特に草薙は不安を感じていた。

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