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第24話 誤解とすれ違い【草薙/柏木】
梅雨空と同じように、草薙の心は、最近、晴れない。
柏木が大学生になり、大学のオーケストラでたくさんの女子大生に囲まれていると思うと、最初は、心配で泣きたくなった。しかし、そんな草薙の不安な気持ちを汲んだ柏木が、大学のオーケストラの練習に自分を連れて行ってくれ、何も心配することはない、と安心させてくれた。
大学のオーケストラの先輩は、みんな良い人たちだった。勝手の分からない自分に、みんな親切にしてくれた。
(ちょっとボディタッチの多い女性の先輩は苦手だけど・・・。)
ようやく胸を撫で下ろした草薙だったが、肝心の柏木が、最近つれない。
高校にも、あまり遊びに来てくれない。忙しいなら、こちらから会いに行こうかと、それとなく水を向けても、いい顔をしない。
(圭先輩・・・。まさか、他の人に気持ちが行ってたりとか・・・しないよね・・・?)
悩んだ末に、草薙が思い付いたのは、ブラスバンド部の先輩で、現在も柏木と一緒に青陵大学のオーケストラに所属する、柳沢に話を聞いてみる、ということだった。
思い切って柳沢に連絡を取ったら、「いつでも来い。なんだったら、明日にでも来い」と快諾してくれた。その言葉に甘え、草薙は、翌日の午後、青陵大学のカフェテリアに出向いた。
「柳沢先輩。お忙しいのに、すみません。お呼び立てしちゃって。」
「なんだよ、草薙。水臭いな。こないだ、圭が、オケの練習にお前を連れて来たんだって? あいつ、事前に俺に何にも言わないんだぜ。知ってたら、都合付けて俺も行ったのに。後で、菊田からお前が来てたって聞いてさ。『柳沢先輩にも会いたかった』って言ってくれてたって」
一見クールだが、柳沢は、心根は優しい。後輩が悩んでいると察すれば、すぐに時間を作ってくれる。今も、優しく微笑みながらも、自分を心配してくれていることが、その目を見ただけで伝わってくる。
「お前の相談って、圭のことなんだろ?」
「は、はい・・・。すいません・・・。でも、他に相談できる相手がいなくって」飼い主に置いて行かれた子犬のように項垂れた草薙の肩を、柳沢は、ポンポンと軽く叩いた。
「後輩に頼りにしてもらって、嬉しくない先輩がいるかよ。気にするな。
・・・けど、圭のことで、心配する必要なんて、あるかぁ? あいつ、お前のこと、溺愛してるだろ。他に目が行くなんて、有り得ないと思うなぁ。・・・あ、こっちこっち!」
首を傾げて、柏木の浮気や心変わりの可能性を言下に否定した柳沢が、一人の女子学生に向かって手を振った。
(あ、見覚えのある人だ。・・・大学のオケの人だよね?)
「鷺沢 、こいつ、青陵高校ブラスバンドの草薙。柏木圭が、一度オケに連れて来た時に、会ってるよな?」
「うん。話はしてないけどね。こんにちは、草薙君」
「こんにちは、鷺沢さん。僕が体験入部させてもらった時、いらっしゃいましたよね。僕、覚えてます」と、草薙が頭を下げると、柳沢が、即座に遮 った。
「おい、草薙! それはダメ。女性に対して、『あなたのこと、覚えてます』って、口説いてるのと一緒だぞ。その気がない時は、言うなよ。誤解されるからね。もし、今の、圭が聞いてたら、後でめっちゃ詰 められるやつだぞ」
「・・・そうなんですね。ごめんなさい。僕、そういうの、分かってなくて・・・。そんなつもりじゃなかったんです」
草薙は、大きな体を縮こまらせ、今にも泣き出しそうに眉を下げた。
「悪い、俺の言い方もキツかった。けど、お前も、『王子』とか言われてるわけだから。もうちょっと自覚しような。たぶんお前、自分で思ってる以上にモテてるからね。」
身体だけは大きくなったが、恋愛に関しては『トイプーちゃん』と呼ばれていた頃とまるで変わらず、奥手な後輩に、柳沢は苦笑した。
「草薙が泣きそうな顔してるから、先に言っておくけど、俺は、お前じゃなくて、圭が問題じゃないかと思ってるんだよ。噂では、先輩たち、オケの練習に来たお前が、若くて可愛いって、チヤホヤしたんだろ? 圭の奴、それが気に入らなくて、拗ねてるんじゃないの?
・・・で、実際、どうだったの? 鷺沢、あの日、現場にいたんだよな?」柳沢は、鷺沢に水を向けた。
「そうねえ。だいたい、柳沢君の想像通りかな。みんな興奮して、すごかったの。特に白鳥 さんとか、XXさんとか。草薙君のことを、王子だとか、カッコいくて可愛いだとか、褒めそやした挙句、白鳥さんなんて、無理やり、草薙君と2ショットで写真撮ったのよ! こーんな風に、くっついちゃって。」と、鷺沢は、わかりやすく柳沢に説明しようと、草薙に身体を摺り寄せるようにして見せた。
「・・・ひでえな。そりゃ、圭が切れるのも分かるわ」柳沢は、眉を顰めた。
「白鳥さんも、一応、『菫君、一緒に撮って?』って口では言ってたわよ。でも、草薙君にしてみれば、お世話になってる柏木君の、更に先輩から言われちゃったら、断われるわけないわよ」鷺沢は、憤慨して、草薙に同情してくれた。
「なるほどね。鷺沢、ありがとう。大体、分かったわ。」柳沢は、鷺沢にお礼を言うと、草薙を振り返って、説明した。
「まぁ、そんなことじゃないかと思ってたけど。実際どうだったか、第三者の話を聞きたくてさ。今朝、授業で鷺沢に会ったから、その辺教えてくれって、頼んで、ここに来てもらったんだよ。
圭に限って、他に目移りとか絶対ないよ。俺が保証する。だから、草薙、安心しろ」柳沢は、太鼓判を押して、草薙を安心させてくれた。
(やっぱり、柳沢先輩に相談して良かった・・・。そうだよね。圭先輩は、そんな不誠実な人じゃない! よし、やっぱり、一度、圭先輩に会いに来て、話をしよう)
悲しさや不安は薄れ、今度は、優しい柳沢への感謝の念で目が潤んだ時、柳沢のスマホが震え出した。
「・・・ごめん。彼女からだわ。ちょっと話してくる」柳沢は、二人に申し訳なさそうな顔をしながら、スマホを手に、席を立った。
俄かに、ほぼ初対面の年上の女性と二人で取り残され、草薙は、不慣れな状況に、どぎまぎしつつも、さっき彼女が自分を擁護してくれたことには、お礼を言わなければ、と思った。慌てて涙を拭き、
「あの、鷺沢先輩。今日は、ほぼ見ず知らずの僕のために、お時間を割いてくださって、柳沢先輩にも、僕のこと弁護してくださって、ありがとうございました」ペコリと頭を下げた草薙に、鷺沢は、おかしそうに声を立てて笑った。
「ふふ。別に、『先輩』とか呼ばなくていいのよ。でも、びっくりしちゃった。柏木君と草薙君て、付き合ってたのね?」
草薙は、ハッとなり、頬を赤らめた。
(あ・・・、しまった! 高校のブラスバンド部では、特に何も言わなくても、みんな、それとなく気付いて、黙って見守ってくれてたから・・・。大学で、圭先輩が、僕のことを何て説明してるのか、そもそも同性と恋愛してることをオープンにしてるか、全然確認してない・・・。どうしよう・・・!!)
気まずそうに唇を噛んで押し黙る草薙を見て、鷺沢は、おおよその状況を察し、真顔に戻り、自ら口を開いた。
「大丈夫よ。二人が付き合ってるってことは、聞かなかったことにする。柏木君は、特に大学では自分のセクシュアリティについて、何も言ってないわ。本人の問題だから、他人がとやかく言う話でもないしね。」
「・・・すみません。ありがとうございます」草薙は、言葉少なに、俯いた。
「さっきは、ごめんね、変な言い方して。私、身近に、同性同士のカップルって居たことがなかったから、ちょっと驚いちゃっただけなの。しかも、柏木君も草薙君も、女の子からもモテそうだから。女子としては、『あぁ、私たちが彼氏にしたい男の子が二人も、手の届かないところに行ってしまった。もったいない!』って感じかな」
軽やかに、ユーモアにくるんで言ってくれた鷺沢の優しさに、草薙は、思わず微笑んだ。
「それより、柳沢君って、彼女いるんだね。やっぱり高校時代からモテてた?」
鷺沢は、さり気なく話題を変えてくれた。
「はい。そうですね。僕は、先輩が二年生の時からしか分からないですけど。そこからは、彼女さんが途切れたこと、たぶん無いと思います。柳沢先輩って、クールだけど、さり気なく優しいから。毎回、彼女さんが、『あなたは他の人にも優しい』とかって、やきもち焼いちゃうみたいですね」
草薙が、ちょっとだけ柳沢の恋愛事情を暴露すると、鷺沢は、面白そうに声を立てて笑った。
***
(・・・菫 、お前、なんで、鷺沢と二人きりで、そんな楽しそうに話してるんだ・・・?)
柳沢が外している間に、微笑み合っていた草薙と鷺沢の姿を、柏木は目撃した。
ただでさえ、体験入部の時に、草薙がもてはやされ、不安と嫉妬を感じていた柏木には、それは、自分に対する裏切りのように思えた。
「・・・柏木君? どうしたの?」
授業の教材を一緒に運んでいた同級生の女子が、青ざめて立ち止まった柏木を心配し、顔を覗き込んだ。
ハッと、隣にいる同級生の存在を思い出し、目線を向けると、
「柏木君、顔色悪いよ。大丈夫? もし具合悪いなら、無理しないで。私、誰かに電話して、教材運ぶの、他の人に手伝ってもらうから」彼女は、心配そうに自分を見上げている。
「あぁ、ごめん。ちょっと、知り合いに似てる人が居たんだ。ここに居るはずない奴だから、びっくりしちゃって。でも、人違いだったみたいだ」
柏木は、持ち前の社交性で、何とか無理やり微笑みを浮かべ、心配するな、というように、同級生の肩に、軽く手を乗せた。
***
(・・・圭先輩、なんで、女の子と見つめ合って、優しく肩に触れたりしてるの・・・?)
柏木が、草薙から目線を外していた、その数秒の間に。
柏木が女の子と肩を並べて歩いているところや、柏木が、その子に微笑みかけて肩に触れる姿を、草薙も目撃していた。
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