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第25話 決裂【草薙】

 草薙も、大学のカフェテリアで、小柄で可愛らしい女性と肩を並べて歩いている柏木の姿を見て、ショックを受けていた。  彼の隣に女性が並んでいる図は、とても自然に見えた。  これまでは、大好きだった柏木と気持ちが通じ合って嬉しくて、考えたことが無かったが、元々、柏木は、女性とばかり付き合っていたと、周りからは聞いている。  自分は、と言えば、柏木と、身長も体重もほぼ同じくらいの大男だ。  (圭先輩だけだよ・・・、僕のことを「可愛い」なんて思ってくれるのは・・・。)  落ち込みつつも、いずれにせよ、全く会話のない今の状態は、絶対に良くない。なるべく早く会って話した方が良いと思った草薙は、何度か、柏木に、「会いたい」とメッセージを送ったり、電話した。  しかし、柏木は、相変わらず、のらりくらり、ハッキリした約束を避けていた。  普段の草薙は、控え目な性格だ。相手が嫌がっているのに、断りもせず勝手に押しかけるなどという図々しい行動は、絶対しない。  だが、もし、柳沢の予想が当たっていて、彼が嫉妬して怒っているなら、早く謝って、釈明したい。一緒に歩いていた女性とは何でもないと言ってもらいたい。  焦りが、彼の足を、大学に向かわせた。  しかし、これが、更に事態を悪化させることになるとは、大学の音楽室に辿り着いた時の草薙は、知る(よし)もなかった。  深呼吸を一つして、音楽室のドアを開けようとした瞬間。青陵高校の制服に身を包んだ長身の彼の姿を目ざとく見つけた女子学生が、 「あーっ! (すみれ)君だーーーー!」と、叫んだ。  慌てて後ろを振り返った草薙は、前回、強引に自分と2ショットを撮った白鳥(しらとり)や、数人の女子学生に取り囲まれていることに気付いた。  (うっ・・・。この人、声は大きいし、強引だから、僕、苦手なのに・・・。)  「ねえ、みんな! この子が、草薙 菫君。可愛いでしょ? こないだ柏木君が連れて来てくれたの。菫君、今日はまた遊びに来てくれたの? あ、でも楽器持ってないね。もしかして、柏木君とかに用事?」  ぐいぐい白鳥が寄って来るので、冷や汗をかきながら後ずさりしたが、既に、草薙の背中は、音楽室のドアに張り付いており、逃げ場を失っていた。  ほかの女子学生も、  「ホントね! 可愛い! お肌ピチピチ!」  「身長何センチ? 柏木君と同じくらい?」  「青陵高校のトロンボーンって、顔選考なの?」等と、矢継ぎ早に言ってくる。  元来、恥ずかしがり屋で人見知りな草薙が、大勢の女性に囲まれ、真っ赤になって俯くと、  「きゃー、照れてる! 可愛いー!」  「初々しいー!」女子大生たちは、余計に盛り上がるばかりである。  草薙は、困惑しながらも、どうにかこの場を脱出できないか、突破口を探し、きょろきょろ周りを見回した。  見慣れた、大きなスニーカーが、立ち止まっている。  草薙が、助けを求めるように顔をあげると、やはりそこには、柏木が立っていた。  しかし、彼の表情は硬く、草薙の存在に気付いているはずなのに、目を合わせようとも、声を掛けようともしない。  柏木は、草薙から目を逸らしたまま、音楽室に向かって歩いてきた。女子学生たちも、柏木の存在と、自分たちが音楽室のドアを塞いでいることに気付き、全員が少しずつ移動して、ドアの前のスペースを空けた。  柏木は、無言で音楽室のドアを開けて、中に入って行った。  「圭先輩!」草薙は、柏木を追った。  柏木は、椅子に腰かけ、楽器のケースを開け、練習の準備を始めている。  草薙は、柏木の隣に立ち、「圭先輩」と、もう一度声を掛けたが、彼は黙々と楽器を組み立て続けている。  「・・・・・・。」  草薙は、必死に、柏木を見つめ、目で訴えるが、柏木は、草薙の存在を無視し続けている。  (僕が勝手に、圭先輩のテリトリーに入りこんで、しかも女性と仲良くしてるって、また、誤解されてしまった)  こんなに冷たい態度を柏木に取られたのは、初めてだった。  泣きそうになったが、柏木のためにも、人前で痴話喧嘩みたいなことはできないと、必死に涙を堪え、彼が自分を見てくれるのを待った。  二人の異様に緊迫した雰囲気に、白鳥ら女子学生も、さすがに、茶々を入れたり、二人に絡んだりすることもできず、遠巻きに、恐る恐る様子を見守るだけである。  居たたまれなくなった菊田が、草薙をとりなした。  「圭。せっかく草薙が来てくれたんだから、二人で話して来いよ」柏木に言いながら、草薙の横に立ち、安心させるように肩をポンポンと何度か叩いてくれた。  それでもなお、仏頂面(ぶっちょうづら)で目を()らして無言の柏木に、菊田は、ハアと大きな溜息をつき、怒りを押し殺した声で、耳打ちした。  「・・・お前さ。この雰囲気、ちょっとは考えろよ。お前の立場的にもまずいし、みんなに迷惑だ。何より、草薙が可哀想だろ。(さら)し者にする気か?」  「・・・分かったよ」  柏木は、ようやく一言だけ発し、立ち上がって、自分の椅子に楽器を置き、『ついてこい』とも言わないまま、音楽室の外に向かって歩き出した。  草薙は、菊田に、目だけでお礼を言った。菊田も、無言で頷き、『いいから、早く行ってこい』と、柏木を追うようにと、顎をしゃくった。  音楽室のある、特別棟を出たところの裏庭に、柏木は、背を向け、腕を組んで立っていた。  草薙が、おずおずと歩み寄ると、  「・・・なんで、お前がここにいるんだ」柏木が、怒りに満ちた目で、振り返った。  「・・・勝手に来たのは、ごめんなさい。でも、会いたくて。何度もお願いしたのに、圭先輩、僕と会ってくれなかったから。どうしても会いたくて。」  「・・・お前が会いたかったのは、俺なの? 鷺沢(さぎさわ)にでも会いに来たんじゃないのか?」目に怒りを浮かべたまま、柏木の口には、皮肉な色が浮かんでいる。  「・・・へっ?」全く想定外の名前を出され、草薙はポカンと口を開けた。  「鷺沢さん・・・? 顔と名前だけは知ってるけど。僕、圭先輩以外に会いたい人なんて、いないよ?」  草薙がそう言うと、柏木は、せせら笑った。  「よく言うよ。こないだ、お前、鷺沢と二人きりでイチャイチャしてたろ。嘘つくな!」  「嘘なんか、ついてない! 二人で会ってなんかない! 僕、その時、柳沢先輩と会ってたんだよ。柳沢先輩が、僕らのことを心配して、僕がオケの練習に来た時の話を聞きたいって。それで、鷺沢さんを連れて来てくれたんだ。だから、三人で会ってたんだよ」草薙は、必死に説明した。  「俺は、見たんだ! お前らが二人っきりで楽しそうにしてたところを。柳沢なんか、その場にいなかったぞ? 良かったな。女子大生にモテモテで。なんだったら、お姉さまに、筆おろししてもらえよ」  柏木の目は、全く笑っていなかった。唇の片端だけを釣り上げた、皮肉っぽい、嘲るような笑みを口元に浮かべていた。  「・・・なんてこと言うの?! 信じられない!!」  さすがの草薙も、恋人からのあまりの辱めに、怒りで、ぶるぶると手が震えた。  「そういう圭先輩こそ、小っちゃくて可愛い女の子と肩並べて歩いてたよね。僕だって見たよ! 女の子の顔、覗き込んで、優しく肩なんか抱いちゃってさ! ホントは、でっかくて男の僕なんかじゃなくて、女の子のほうがいいんじゃないの?!」  草薙は、怒りと悔しさ、嫉妬でないまぜになった感情を、一気に吐き出した。  「まぁ、女相手の方が、ラクで気持ちいいこともいっぱいあるしな。お前も、女に興味あるんだろ? 教えてもらえよ。女子大生のお姉さまに。」  売り言葉に買い言葉で、柏木は、更に、草薙を傷付ける言葉を投げつけた。  「・・・・・・。」  草薙の目からは、今にも涙が零れ落ちそうだ。眉を八の字に、口をへの字にして、必死に泣くのを堪えている。  「・・・ひどいよ」  長い沈黙の後、草薙は、一言だけ発した。悲しそうな表情で、ぽろっと、一筋涙を零すと、目を逸らし、その場を無言で立ち去った。

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