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第27話 後悔【柏木】

 オーケストラの練習前、カフェテリアで軽く食事をとった後、溜息をつき、浮かない顔で俯いて座っていた柏木の前に、向かい合わせるように、柳沢が腰掛けた。  「よお」柳沢は、言葉少なに、しかし、柏木を思いやるように、その表情を伺っていた。  「・・・何? 俺に用?」柏木は、柳沢から目を逸らしたまま、ぶっきらぼうに答えた。  「・・・重症だな。お前、草薙と、まだ仲直りしてないのか?」柳沢が、珍しく不愛想な柏木の態度に驚いて眉を(ひそ)め、ストレートに訊いた。  柏木が、顔を上げ、物言いたげに柳沢に目線を向けると、  「草薙、俺に相談して来たんだよ。お前の態度が変だ、前ほど会ってくれない。他に好きな人でもできたんじゃないか、って。あいつ、すごい思いつめてたぞ。俺は、『圭に限って、他に目移りとか絶対ないから、安心しろ』って励ましたんだけどさ。その後も、二人で話し合ってないのか?」  柳沢が、二人を心配していることが、真剣な表情から痛いほど伝わってきた。  「・・・そうだったのか。柳沢にも相談してたのか・・・。迷惑かけたな。すまん。ちなみに、菫がお前に相談してきたのって、いつ頃?」柏木は、潔く頭を下げて謝り、柳沢に尋ねた。  「そうだな・・・。草薙がオケの練習に遊びに来たのって、いつだった?」柳沢が、思い出そうとするかのように、斜め上を見上げながら、顎に手を当てた。  「五月の末かな」柏木は答えた。  「草薙が俺のところに来たのは、確か、その二週間後ぐらい、六月半ばだったと思う。朝イチに鷺沢(さぎさわ)と同じ講義とってるのが、水曜日だから・・・。たぶん、〇日か、その一週後だったと思う」  「ん? なんで、そこで鷺沢が出てくんの?」  草薙と、大学のカフェテリアで微笑み合っていた鷺沢の名前を出され、柏木は、敏感に反応した。  「草薙がオケに遊びに来た日のことは、周りからチラチラ聞いてた。先輩たちが、草薙をチヤホヤしてたって。俺は、てっきり、お前がジェラシーで()ねてるんじゃないか、と思ってたんだ。  草薙が相談に来ることになってた日、朝イチ、授業で鷺沢と会ってさ。あいつも、その現場に居たって言うから、話を聞かせてくれないか、って頼んで、来てもらったんだよ。  ・・・しかし、草薙の奴、モテてる自覚がないのが性質悪いなぁ。その点は、圭、お前に同情するよ。  鷺沢がカフェテリアに来た時、あいつ、『あなたもオケの練習の日、いらっしゃいましたよね。僕、覚えてます』とか言い出したんだぜ。  『あなたのこと覚えてます』なんて、口説き文句だから、その気がない時は絶対言うな、って、説教しといた」  柳沢は苦笑しながら、柏木と草薙の二人を、友人として見守っているぞ、と言わんばかりに教えてくれた。  「・・・もしかして、その日、三人で話してる時さ。柳沢、お前、途中で席外したりした?」  柏木は、恐る恐る、柳沢に尋ねた。『そうであって欲しい』という期待と、その期待が外れた時の自分の落胆を想像し、顔がこわばるほど緊張した。心臓が喉から飛び出そうだった。  「ああ。外したな、そういや。確か、俺の彼女から電話来たんだよ。・・・けっこう長く喋ってたかも」柳沢は、面白くない電話の内容を思い出したのか、盛大に顔を(しか)めた。  「・・・・・・・。」  柏木は、自分の唇を、色を失うほど強く噛み締めた。  恋人の真心を疑い、汚い言葉で(なじ)り、(はずかし)め、傷つけて泣かせてしまったことを、彼は今、深く恥じ入っていた。  「・・・まさか、お前、草薙が鷺沢とどうにかなったとか、疑ったんじゃないよな?」口元は笑っていたが、目は真剣なまま、柳沢は、柏木に訊いた。  「その、まさかだよ・・・。  オケで、男からも女からもチヤホヤされた菫を見て、俺、ものすごく不安になったんだ。  だから、菫と鷺沢が二人きりで楽しそうに話してるところを見て、すごく動揺した。菫に、そのこと、問い詰めて、責めちゃったんだ。あいつ、柳沢に会いに来ただけで、鷺沢はたまたまその場に同席してただけって、言ってくれたんだけど。俺、嫉妬で目が(くら)んで、あいつを信じてやれなかった」  柏木は、テーブルに肘をつき、両手で自分の顔を覆った。その指先は、細かく震えていた。  いつも、太陽のように明るく笑っていて、少なくとも人前では、自信に溢れた姿しか見せたことがない彼が、こんなに些細な出来事に心を痛め、心細げな姿を見せるとは。  柳沢は、初めて見る柏木の姿に、心から同情し、その肩を、強く掴んだ。  「今、俺に言ったこと、そのまんま、ちゃんと草薙に言ってやれ。 お前らは、もっと話し合え。お互い、思ってることとか、気持ちを、十分伝えきれてないように見えるぞ。そんなに思い合ってても、言わなきゃ伝わらないことって、たくさんあると思うからさ」  柏木は、柳沢の友情に感謝したが、喉に大きな塊がつかえたようで、言葉が出なかった。感謝の気持ちを込めて、片手を、自分の肩を掴む柳沢の手に重ね、上からぎゅっと握りしめた。

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