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第28話 下級生キラーなのは、恋人だけでなく【柏木】
柳沢に励まされ、柏木は、その足で、青陵高校に向かった。
放課後の構内は、運動部の元気な掛け声や、友達とはしゃぐ帰宅部の弾む声で賑やかだが、脳裏に恋人の悲しそうな泣き顔が焼き付き、後悔で胸がいっぱいの柏木には、彼らの声は届いていなかった。
(さっき柳沢に話したことを、『そのまんま言ってやれ』って言われたけど・・・)
どう話を切り出そうか。
草薙は、まだ、自分の話を、聞いてくれるだろうか。
勢いで、高校まで乗り込んできたのは良いものの、ぐるぐると悩みながら、ブラスバンド部の部室を目指す柏木の足取りは重かった。
部室までたどり着いたところで、開いた扉の中に、草薙の姿を見つけた。優しく微笑んで、彼よりも少しだけ背が低い下級生と話をしている。
「ホントにいいんですか? 草薙先輩のユニフォーム、いただいちゃっても。」
下級生は、感激で目をキラキラさせ、自分の胸にユニフォームを抱き締め、嬉しそうに草薙を見つめている。
「もちろん。それ、僕が高校入学した時、最初に着てたやつなんだ。もう小さくなっちゃったから。今は、僕も、先輩のお下がりを着てるんだ」
「尊敬する草薙先輩からのお下がりなんて、すごく嬉しいです・・・! 大事にします。そして、先輩みたくなれるように、僕も、練習頑張ります!」
「お、頼もしいなぁ! 一緒に頑張ろうね」
そんな会話を羨ましそうに眺めていた下級生たちが、二人を取り囲んだ。
「いいなぁ。草薙先輩のユニフォームだなんて。ねぇ、なんでコイツなんですか、先輩! どうして俺にくれないんですか?」と、口を尖らせて草薙に擦り寄る下級生に対して、
「え~っ、だって、君じゃ、たぶん、幅が合わないよ。僕、一年生の時、すっごく細かったんだから(笑)」と、草薙は、クスクス笑う。
「そうなんですか? 意外! てっきり、昔から、細マッチョなのかと!」
「あ、俺、先輩が一年生の時のコンクールの集合写真、部室で見たことある!」
「「「マジ? 見たい、見たい!!」」」
草薙が小柄で細く、今より更に可愛かった時の姿を想像して、下級生たちが興奮していることに、気付いていないのか、草薙は、頬を染め、顔をぶんぶん左右に振った。
「イヤだよー。一年生の時の写真なんて。子どもっぽくて、恥ずかしいよー。せめて、僕が居ない時に見てよー」
イヤイヤする草薙を眺め、下級生たちは、ポーッとなっている。
(かっ、
かーーーわーーーいーーーいーーー!!!!)
草薙を溺愛する柏木には、下級生たちの考えが、手に取るように分かる。そして、自分の恋人が、大学の先輩たちのみならず、高校の下級生たちからも、こんなに魅力的だと思われていると実感させられ、居たたまれなかった。
柏木は、踵 を返し、そのまま階段を駆け下りた。
「あれ? 圭 じゃない?どうしたの、こんなところで。」
部室のある三階から、二階まで降りたところで、後ろから、聞きなれた声で話し掛けてきたのは、柏木の元カレ・桜井だった。教室棟から渡ってきたところだったらしい。
「ん・・・。ちょっとね」
柏木が、バツ悪そうな表情で、落ち着かないように後頭部をガシガシと掻いているのを見た桜井は、したり顔になった。
「草薙ってさぁ、モテモテだよね~。圭、不安になったんじゃない?」
びっくりした表情で、柏木がまじまじと見返すと、桜井は、半ば呆れたように、クスクス笑った。
「そんな、驚くようなことじゃないよ。実際、僕から見ても、彼のモテっぷりはすごいもん。草薙にニッコリされたら、下級生たちみんな、ポーッとなってるし、追っかけの女子高生が校門の外まで来てたりするしね。圭じゃなくたって、草薙の恋人だったら、気が気じゃないだろうね」
「・・・校門まで女子高生が押しかけて、待ち伏せてるとまでは、知らなかった」柏木は、拗ねたように口を尖らせた後、「・・・ダメだな、こんなんじゃ。俺さ、嫉妬して、あいつを責めちゃったんだよ。全くあいつは悪くないのに。情けないよな」と、自嘲気味に薄く笑った。
「僕も、同じ気持ちだったよ、圭と付き合ってた間。圭だって、今の草薙と同じくらい、モテモテだったんだからね。
その中の一人が草薙だったし。
彼ってさ、圭に対して、全く積極的にアピールして来ないのに、子犬みたいな可愛い目をウルウルさせて、恋心ダダ漏れの顔で、じーっと圭の後ろ姿とか横顔ばっかり見てたんだよ。ああいう、健気 で純情なタイプって、圭のストライクゾーンど真ん中でしょ?
あの草薙の熱い眼差しに、圭が気付いたらどうしよう、って、僕がどれだけ不安だったか。圭、そんな僕の気持ちなんて、全然気付いてなかったでしょ。ま、僕も必死に隠してたんだけど」
肩を竦め、軽い調子で言う桜井に、柏木は、苦笑しつつも、頭を下げて、謝った。
「ごめん、佑 。お前の言う通り、お前を不安がらせてたなんて、全然気付いてなかった。鈍くて、思いやりの足りない男で、本当に悪かった。今更だけど、謝るよ。改めてごめん。」
「ふふふ。もう良いよ。二年近く前の話だしね。でも、恋人が他の人にモテて、嫉妬するようになったってことは、ようやく、圭も、本気で人を好きになったってことじゃない? 相手が僕じゃなかったのは悔しいけどね。
頑張って草薙と仲直りしなよ。僕、もう、今カレいるから、圭が振られても、慰めてあげないからね」
桜井は、かつての恋人に対し、優しく微笑んだ。
「・・・で、どうする? 草薙と話したいんじゃないの? 呼んできてあげようか。入りづらいでしょ、部室」
「ありがとう、佑。そうしてもらえると、すごい助かる。恩に着る」
柏木は、再び、桜井に、感謝と謝罪の気持ちを込めて、頭を下げた。
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