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番外編:菫のポメガバース(第2話)

「……それで、竹下(たけした)から『大学行く時以外は、べったりしとけ』って言われたのに、なんで大学にまで犬、じゃなかった草薙(くさなぎ)連れて来てんだよ、(けい)」  大学食堂のテラス席で呆れ顔を浮かべているのは、高校時代からのブラスバンド仲間・柳沢(やなぎさわ)だ。圭の膝には、淡いピンク色のラブリーなキャリーバッグ。そこから、ヒョッコリとポメラニアンが顔を覗かせている。 「あ、草薙のことを責めてるわけじゃないからな?」  自身もトイプードルを飼っている犬好きの柳沢は、優しくポメラニアンの頭を撫でる。 「だって……、一週間一緒に暮らしてるけど、人間に戻んないからさ。それに、昼間家に置いて行こうとすると、俺が出かける時、めっちゃ寂しそうな顔するんだよ……。置いとけねーだろ、一匹、いや一人じゃ」  圭も、心底困っているのだ。  ポメラニアンになった(すみれ)も、もちろん可愛い。しかし、一週間も学校も部活も休んでいるともなると、先生や親にも言い訳が苦しい、早く戻してくれと竹下たちには泣きつかれるし、何より、物言わぬ恋人の姿を見るにつけ、彼と恋人としてのコミュニケーションや触れ合いができないことがこんなに寂しく辛いことなのかと、圭は痛感していた。 「当たり前だけど、犬の姿だから、何をしてあげたら喜ぶかなんて、喋ってもくれないし……」  ポメラニアンに犬のおやつを与えながら、思わず圭の口からこぼれた弱音に、柳沢が反応した。 「圭さぁ。多分だけど、『犬が喜ぶこと』をするんじゃダメだと思うぜ? 『草薙菫が、恋人の柏木(かしわぎ)圭にされたら喜ぶこと』をしてやらないと、たぶん人間に戻らないんじゃない? そういう観点でチヤホヤしてやんないと」  圭は、親友の言葉に素直に耳を傾けた。二人ともイケメンと評判で、中学時代から彼女が途絶えたことはないくらいモテていたが、来るもの拒まず去るもの追わずだった圭とは違い、柳沢は自分から恋に落ちて相手を口説き、破局の危機も何度も乗り越えてきた経験がある。柳沢は自分より遥かに恋愛の達人だと、素直に認めていたからだ。 「そうだな。柳沢、ありがとう。確かに俺、これまで、コイツのこと犬だと思ってたかもしれない。これが俺の恋人なんだもんな」  得心したように何度も頷き、圭は、ピンクのキャリーバッグを背負って立ち上がった。 「……まぁ、きっと急いでたんだろうけど、あんな可愛いキャリーバッグを堂々と背負って大学に来る男だとはなぁ。草薙の愛が、圭を変えたんだなぁ」  意気揚々とカフェテリアを出ていく彼の後ろ姿に、柳沢は苦笑しながら独り言ちた。  自宅へ帰り付いた圭は、キャリーバッグから菫を出すと、愛おしげに鼻先にキスを落とした。 「そういや、うちに来てからお前、お風呂入ってないよな? 菫、お風呂好きだろ? 一緒に入ろうな」  湯舟にお湯を張り、圭はためらうことなく服を脱いでいく。大好きなお風呂に恋人と一緒に入れる喜びと、上から降ってくる恋人の匂いのする服に、菫は狂喜乱舞した。シャツやパンツを咥えてぐるぐると回ったり、服を一か所に固めて、その中に突っ込んだり。服の山の合間から満足げな瞳で見上げてくる菫の姿はあまりに可愛くて、圭は頬を綻ばせる。ひとしきり好きにさせたところで、圭は優しく菫を抱き上げた。 「俺の服は、あのままにしておくから、風呂上りに好きなだけ遊んで良いよ」  耳元に囁くと、ぴくぴくと耳と鼻先が動く。視線を合わせず、お澄まし顔だ。 「ふふ。なんか、照れた時の菫みたいな顔してる。ってか、お前、菫だもんな」  シャワーで掛け湯してから、菫を抱っこしたまま湯船に入った。人間にとっての適温は、犬にとっては少し熱いかもしれないと、少しだけぬるめの温度にしたのだが、それがポメラニアン姿の菫にとっては快適だったらしい。目を細め、リラックスして圭の胸に身を任せている。 「なぁ。今度、二人で旅行とか行きたいな。そんで、ゆっくり部屋の風呂でイチャイチャしたい」 「クーン」  甘えるような鳴き声をあげ、物言いたげに菫は圭を見上げている。 「そういや菫、お前、肩凝りひどかったろ? 今は大丈夫なの?」  小さな肩を手のひらで包み込み、優しく親指の腹で、肩を指圧する。 「キューン」 「気持ちいか? ふふふ。……それにしても細いなぁ。当たり前だけど」  マッサージするようにシャンプーしてやり、シャワーで流して、風邪を引かないように念入りにタオルドライする。菫はドライヤーの音を嫌がる様子もない。それどころか、『ここに風を当てて』と言わんばかりに、乾かしたいところを積極的に圭にアピールする。フワフワの毛並みが復活した時には、ニッコリと微笑んですら見せた。 「うわ、菫の笑顔だ……。そっか、気持ち良かったか? 喜んでもらえて嬉しいよ。なぁ、今夜は一緒に寝ような」  菫を抱いた圭が自分のベッドに横たわると、すっかり甘えん坊になった菫は、圭のスウェットの裾を前足で一生懸命めくろうとする。 「なんだ、俺のハダカ見たいの? さっき風呂で見たじゃん。……あ、そっか。素肌で抱き合いたいんだな?」 「ワン!」  圭は上半身裸になると、改めて菫を胸に抱き寄せる。 「お前、あったかいな。……ふふ、舐めるなよ。くすぐったいよ。あー、人間の菫の肌も、すべすべしてて気持ちかったけど、ポメの毛皮はモフモフで、これはこれでなかなか気持ちいなぁ」  こうして、久し振りに恋人の素肌と触れ合って菫は眠りについたのだった。

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