47 / 62
第47話(しずく)
『祈織さんおかえり!』
「おお、熱下がった?」
『うん、すっかり元気』
「良かったな」
と、祈織さんはぐしぐしと俺の頭を撫でてくれる
犬になった気分だ
でもこれも悪くない
『祈織さん、昨日はお休みしてくれてありがとね』
「あーうん」
と、ソファにそのままぐだっと座る
『祈織さん疲れてる?大丈夫?』
「なんで、普通だよ」
『そうなの?』
そうだ、と
おれの私物箱をごそごそと漁る
『祈織さん!この入浴剤、今日お店で新しく出てたの買ったんだ、入ってくれば、お風呂。さっきおれお風呂沸かしといた』
と、祈織さんの前にそれを出すと
入浴剤とおれの顔を交互に見る祈織さん
『?』
「しずく、……」
『なに?』
「つーむ、」
『え?な、なに?』
「一緒にお風呂入ろ」
『え?いいの?』
「うん、入ろ」
と、祈織さんは
ネクタイを床に落とし
シャツを脱ぎ
ベルトを外し、と
お風呂に向かう道に服を脱ぎ捨てていく
おれはそれを拾いながら
祈織さんの後を追う
ひいい!
祈織さんの靴下にぱんつ!
と、ぱんつを拾って被りたくなる衝動を抑えて
洗濯機につっこみ
お風呂場のドアをばっと開けると
祈織さんはちょうど入浴剤をバスタブに突っ込み
入ろうとするところだった
「つむ、はいろ」
と、祈織さんはにこって
先にバスタブに入ってふうぅ、と息を吐いて笑った
『は、はいるぅ、』
はいるけども
ちょっと興奮しちゃってるけど大丈夫かな、
と、シャワーで体を流した後に
ゆっくりと祈織さんと向き合って
失礼しますと入る
『えっと、祈織さん、』
「気持ちいい、いい匂いだな、この入浴剤」
『うん、いいにおいする』
少し甘い匂いがする入浴剤
なんの匂いだろ、桃かな
ぱしゃ、と祈織さんの鎖骨にお湯がかかる
入浴剤でお湯が白っぽくなってるけど
白の向こう側に赤がうっすら見える
じ、とそこを見てしまうと
視線に気付いたのか
祈織さんはそこを少しだけ触った
『それ、』
「うん、付けられてた」
『だれに、』
「つむぎ、この前言ってたろ」
『なに?』
「社長だよ、これ付けたの」
『なんで、』
「おれが、社長に抱かれたかったから」
『……祈織さんは、社長のことが、すきなの、』
「うん。好き。おれはあいつが好きだからかな」
『えっと、祈織さん、社長のことが好きだから……おれのこと、好きになんない?』
「……どーだろ、わかんない」
おいで、と祈織さんは
おれの腕を引き寄せ
俺の身体を足の間に置くと
ぐで、と俺の肩に後ろからよりかかってくる
「うううん、なんていうかさー」
と、お腹に手が回ってきて
ぎゅっと抱きしめてくれる
ひえぇ、素肌に感じる祈織さんの肌感やばあ
きもちいい、
そしてそのまま俺の肩におでこをぐりぐりと擦り付けてくる
頭を振るから首筋に祈織さんの髪がふわふわと当たって擽ったい
『い、祈織さん?』
「お前、あとどれくらいで目標金額溜まるの?」
『えっと、あと、20万くらいかな、』
「そっか、じゃあ溜まるまでは家いていいよ」
『ん……え、?な、なに、俺、出ていった方がいいってこと?』
「ううん、そーじゃなくて」
『え、なに、どういう事』
「おれ、あの会社辞めるから。お前は続けたかったら続けたらいいし。この家も、好きにしな。出ていきたいのかここにいたいのか、お前が考えたらいいよ」
『え?辞めるの?なんで?』
「んんん、なんていうか…おれはあの頃となんも変わってねえんだなって実感したから」
『あの頃?』
「あいつ……社長に飼われてた頃」
『飼われてた、祈織さんが、』
「あれ、言ってなかったっけ」
『ぼんやりとは』
まぁ、田中さんに聞いたりとか
『なんで、祈織さんは社長に買われてたの?』
「話せば長くなるけど」
『…教えて欲しい、祈織さんの過去』
「んんん、じゃあ話そうかな。おれが犬だった頃の話」
『うん、』
◇◆
「つむ、大丈夫?」
『だ、大丈夫…ちょっとのぼせた、』
と、お風呂から出て
おでこから目元に冷たいタオルをかけてソファに横になっていた
祈織さんのお話を聞いていたらのぼせてしまった
ぶぉおん、とサーキュレーターを近くに置いてくれて涼しい風に当たって
冷たいものを飲むとぐるぐるする感じが少しマシになった
祈織さんは昔、
おれみたいに拾われて
飼われていたらしい
社長が、会社を立ち上げた頃に
それで、
昔祈織さんが漏らしてたって話は
お客さんの前でじゃなくて
社長の前でだけで…
祈織さんの話を聞いていると
祈織さんがめちゃくちゃ愛されていた事が伝わってくる
それで、その頃社長が祈織さんに
してあげた事を祈織さんは
おれにしてくれてたんだ
優しくしてくれて
お茶碗買ってくれて
ご飯一緒に食べに行ったり
熱出たら一緒にいてくれて、
おもらししたらキレイにしてくれて…
祈織さんは社長の真似してたんだ
ぐびぐび、と冷たいお茶を飲んで起き上がる
『……いつ、社長の家出たの?』
「んんん、いつだっけな、3年前くらい?」
どーだっけ、もっと前だっけ
もっと最近だっけ、とかぼんやりとしてるあたりは適当だ
祈織さんこう見えて頭ちょっとゆるふわだからな…
なんで、家を出たのか聞きたくなった
祈織さんの話を聞いている限り、
どう見ても祈織さんも社長もお互い好きなのに
『なんで、』
「つむ、…おれそろそろ寝るね、今日ちょっと疲れてる」
『あ、え…うん』
もう、話は今日はおしまいって事かな
『おやすみ、』
と、寝室に行く祈織さんを見送った
おれも寝よ、と
布団を敷いて枕を抱きしめて眠りに入ろうとする
けど、なんか頭の中がぐるぐるして
ちょっと眠れなそうだった
しばらく布団の中で寝返りを打っていたけど
やっぱり眠れなくて
祈織さんと一緒に寝させて貰おうと祈織さんの部屋に向かって控えめにドアを開け覗き込む
『祈織さん、起きてる?一緒に寝てもいい?』
「………っ、ん、うん、いいけど……ちょっと待って、」
と、祈織さんは手をティッシュで拭いた
その時にふわっと男の匂いがして気付いた
『祈織さん、オナニーしてた、?』
「……寝れなかったんだよ、ほら、入っていいよ」
と、ティッシュを枕元の棚の上に置いて
おれを部屋に入れてくれる
祈織さん、オナニーしてたからか顔がちょっと赤い、エロい顔してる
『祈織さんってオナニーする時どこいじるの?』
「聞いてどうすんの」
『興味本位』
祈織さんのベッドの上は
すでに枕が2つあるから狭くて
祈織さんは新しい方の枕を
棚の方に置いておれの寝る場所を作ってくれた
「聞いたら興奮してお前寝れなくなるでしょ」
『なんでそんなどえろいこというの、』
お邪魔します、と
ベッドに入るけど
今ここで祈織さんがオナニーしてたんだって思うとちょっと興奮すると
『祈織さんって、オナニーする時どこいじるの?』
「なんでお前はそんな恥ずかしいことばっかり聞くかな?こっちはただでさえオナニーしてんの見られて恥ずかしいのに」
『あ、祈織さんもそういう感情あるんだ』
「お前はおれのことけっこう馬鹿にしてる?」
『し、してないよ!ただ祈織さんは基本的に性にオープンかと』
「ふはっ、なんだよそれ」
と、祈織さんは笑って
あー萎えた、と枕に抱きついて毛布にくるまった
「お前といると、笑えていいね」
『え……?』
「つむ、おやすみ」
『え、あ、…おやすみ』
祈織さん、今更サラッとなんか
嬉しいこと言わなかった?
祈織さん、おれといるの、
ちょっとはいいって思ってくれてるのかな?
ともだちにシェアしよう!