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15 優吾さん

「あ! 公敬君、制服じゃないんだね」  待ち合わせのコンビニに向かうと彼はすぐに俺を見つけてくれて駆け寄ってきてくれた。いつもは学校帰りにそのままバイト先に向かっていたけど、この日はこの人と食事をする約束をしていたから、制服ではなくわざわざ着替えに家に帰った。だからマスターに三十分くらいバイトの入り時間をずらしてもらった。 「流石に制服じゃダメだと思って着替えてきました」 「そか、私服もオシャレでセンスいいね」  褒められてすごく嬉しかった。だって一番のお気に入りの服を着てきたんだ。なるだけ大人っぽく見えるように、この人と並んで歩いてもおかしく見られないように……と。  落ち合ってすぐに歩き始める。どこに行くのかなって思うまもなく「行きつけのいい店があるから楽しみにね」と笑顔で言われた。内心高級な店だったらどうしようと心配していたけど、到着した店はそんな心配するような店ではなく、カジュアルな雰囲気の小ぢんまりした居酒屋だった。若者受けのするようなお洒落な感じ。それでも俺にとっては初めての経験で、少し緊張したのを覚えている。  店に入ると薄暗く、いくつかの個室に分かれているようだった。店員に「お待ちしておりました!」と歓迎され、すぐさま一番奥の個室に案内された。名乗ってもいないのに案内されるのって、こういうの顔パスって言うんだっけ? 俺はそんな事を考えソワソワしながらついて行った。 「よお、お疲れ。あ! 公ちゃんもお疲れ様!」  部屋に入ると、俺のバイト先に最初に来店した時に一緒にいた友人らしき人が座っていた。てっきり俺は二人っきりだと思っていたから少しガッカリした。 「公ちゃんじゃないよ、公敬(きみのり)君ね。お前も公敬君って呼んでね」 「なんだよ優吾(ゆうご)。公敬君、なんか固まってるぞ?……もしかして俺もいるって言ってなかったのか?」  優吾……  そっか、この人は「優吾」さんっていうのか。この時初めて名前を知って、ぼんやりと二人を見つめる。  優吾さんは「ああゴメンな、二人っきりでデートの方がよかったな!」なんて冗談を言って笑っている。そんな冗談にもあまり反応できずに、とりあえず俺は二人の前に座った。 「好きなものを頼むといいよ。あ、でも酒はダメだぞ。ジュースは何がいい? 俺はビールでいいや。って公敬君、聞いてる?」 「あ……ジュースで。リンゴジュース……でいいです」  ぼんやりし過ぎだろ。なんでこんなに動揺してんだろうな俺。恥ずかしい。 「優吾さんっていうんですね。俺……名前知らなかった」 「あ! そっか、言ってなかったか〜」  優吾さんは明るくそう言って笑う。もう一人も「俺は橋本ね」と自己紹介をしてくれた。  それから優吾さんと橋本さんは色々と食事を注文してくれ、俺は言われるがまま沢山食べた。二人とも話しやすかったし、常連のじじい達から色々と俺の話を聞いていたらしく、ばあちゃん思いの良い子だと言ってやたらと俺のことを褒めてくれた。  しばらく他愛ないお喋りと食事を楽しんでいると優吾さんの携帯が鳴り、優吾さんは一人部屋から出て行ってしまった。  橋本さんと二人っきり…… 「公敬君、ほんとよく食べるね」 「はい、だって優吾さんの奢りでしょ? いっぱい食べなきゃ損じゃん」  そうは言ったけど、なんて言ったらいいのか……ちょっと気まずいのを誤魔化してたのもあったのかな。俺はひたすら食べたり飲んだりしながら話題を探していた。 「公敬君さ……何かあったら遠慮なく俺に連絡しなね」  突然橋本さんはそう言って俺に名刺を渡した。裏には橋本さんのプライベートのものだと思われる携帯の番号とメールのアドレスが手書きで書いてあった。 「何かあったらって何すか?」 「ま、そんな気にすんなって。俺も連絡先の交換したかっただけだからさ」  交換したかった……なんて言っておきながら、俺の連絡先は聞かれなかったので特に教えることはしなかった。そして優吾さんが戻る前に、橋本さんは「用があるから」と言って帰ってしまった。

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