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36 挨拶

 優吾さんが俺の家にいて、婆ちゃんと楽しそうにお喋りをしながら夕飯を食べている。  なんだか変な感じだ──  優吾さんの希望を聞き、予定を合わせて俺の家に招待した。婆ちゃんは優吾さんが挨拶に来る事を物凄く喜んでくれた。優吾さんとは一度電話で話したことがあるからか、初めて会った気がしないと言って会ったそばから古くからの友人の様に気さくに優吾さんに接していた。優吾さんもそうだけど、婆ちゃんもかなり友好的な性格だからあっという間に打ち解けていて俺も安心だった。 「電話で話したことがあるって言ったって、それ以前に公敬ったらあなたの話ばっかりしてたからね。お兄ちゃんの様に頼りになるしカッコいいって……」 「やめてよ婆ちゃん! そんなに話してないだろ。恥ずかしいなぁ、もう」  本当に俺は家で優吾さんの話ばかりしてたわけじゃない。学校の事ももちろんそうだし、俺は思っている事でも今まであまり婆ちゃんに話してこなかった。余計なことを言って心配をかけたくないというのもあったけど、きっと表に出すのが苦手なんだ。婆ちゃんはあれこれ聞いてくる様な人じゃなかったから、言う必要も無いと甘えていた部分があったのだろう。 「そうよ。あんたはあまり自分の事を話さない。友達だっているんだかいないんだかわかりゃしないし。でも学校の友達じゃなくたって信頼して何でも話せる相手がいるんだってわかれば私もそれだけで安心だから」  婆ちゃんはそう言って笑ったけど、俺は知らず知らずに凄く心配をかけてしまってたんだと今更ながら気がついて反省した。それからは俺が初任給で婆ちゃんに買ってやったハンドバックを自慢げに優吾さんに披露したり、俺の小さかった頃の写真を引っ張り出しては昔のこっ恥ずかしいエピソードを暴露されたりと、俺にとっては照れ臭さと恥ずかしさばかりの賑やかな一夜だった。 「公敬君のお祖母さん、凄く元気で素敵な方だね。今日はお会いできてよかった。ありがとうね」  玄関の外で優吾さんと少し話す。結局、婆ちゃんには近々家を出て優吾さんとルームシェアをさせて貰うという言い方をした。同棲ではなくルームシェア。家賃もちゃんと自分の分は優吾さんに払うし、生活費だって折半して、家のことも自分でちゃんとやっていくと説明した。 「来月には入居出来るように手配してあるから、引越しの日程とかは公敬君の休みに合わせるよ。連休取るのは難しいんだよね?」  今月と来月は忙しく、土日も工場が稼働しているから休みはまちまち。普段だったら土日は休みなんだけどな。引越しした次の日も休めればいいんだけどちょっとそれは難しかった。 「俺のマンションからも少しあっちに運ぶから、公敬君のスケジュールわかったら教えてね」  優吾さんはそう言って、さり気なく俺の頭にキスをする。びっくりして焦ってるうちに優吾さんは車に乗り込み「またね」とひと言だけ言い、行ってしまった。  恥ずかしいやら嬉しいやら……  いよいよ優吾さんとの同棲生活の実感が湧いてきて、ひとりニヤける。先程の優吾さんが触れた頭をそっと撫で、小さな声で俺も「またね」と呟いた。

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