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39 大丈夫
「ま、とりあえず続きやるか……」
優吾さんが帰ってくるまでに出来るだけ片付けておこう。そう思って俺は張り切って片付けを続けた。さっき大きめの鍋も出てきたから、これでいつでも蕎麦だって茹でられる。今日の晩飯は蕎麦かな。手際よく調理ができるように俺はその準備も進めた。
「あれ?……遅えな」
キッチンは全て片付き、リビングに散乱していた段ボールも全部畳んで廊下に出して纏めた。気がついたらだいぶ日も沈んでいて、優吾さんが出て行ってから一時間は余裕で過ぎていることに気がついた。俺は黙々と作業をしていて部屋が暗くなっていることすら気がつかず、薄暗い部屋でひとりぽつんと取り残されたようで急に寂しさがこみ上げてくる。
もう一度時計を見る。ここから駅までは車で走って十五分とかからないはず。どんなに遅くても一時間以内には戻ってもいいはずなのに、何をやっているのだろう。
まさか事故……なんてことないよな?
新生活初っ端から縁起でもないことを考えたくない。俺は不安に駆られて慌てて外に出ようと靴を履く。玄関のドアを開けたらすぐそこに優吾さんが立っていたからホッとして思わず抱きついてしまった。
「どうしたの? 熱烈なお出迎え……」
俺に抱きつかれて嬉しそうな優吾さんにムッとする。
寂しかったし心配したし、そんなこと口が裂けても言わないけど、とりあえず文句だけは言っておかないと気が済まなかった。
「どうしたの、じゃねえよ。遅かったじゃん。どこの駅まで行ってたんだよ」
皮肉を込めて言ったつもりが全然伝わらず、逆に優吾さんに抱きしめられた。
「ごめんね。寂しかったんだよね? 遅くなっちゃったのはさ、橋本と話し込んじゃったからなんだよ。連絡しなくて悪かった。これからはちゃんとこういうのも連絡するようにするから許して」
別に謝ってもらうほど怒ってたわけじゃない。でも「寂しかった」と見抜かれたのがちょっと悔しい。優吾さんは一人暮らしが長かったんだ。きっとこういう些細なことでも連絡を入れるという事が頭になかったんだろううな。俺もそうだけど、これからは二人の生活になる。お互い仕事ですれ違うことも多いから、ちゃんとお互いの行動がわかるようにしたいと思った。
不安にさせないため……いや、自分が不安になりたくないという思いが大きい。
「とりあえずさ、部屋入ろうか」
優吾さんにそう言って、二人でリビングに戻る。優吾さんは部屋をぐるっと見渡してから、俺が色々片付けておいたことを凄い褒めてくれた。きっとまだ俺が怒ってるんだと思っているんだろうな。いちいちオーバーに俺を褒めちぎるから笑ってしまう。ここを片付けたのだってほとんどが橋本さんなのにね。
「隣近所に挨拶済ませたら蕎麦作って食べよ」
優吾さんはそう言って、用意しておいた挨拶用の品を俺に手渡し、また玄関に向かう。こういうのちゃんとするんだな……なんて思ってしまったけど、俺の考えてる事がわかったのか優吾さんは「こういう事は大事なんだよ」と言って笑った。
引越しの挨拶と言ってもまだ右隣は入居者はいないし、挨拶に回るのは少し離れた左隣とその隣の二軒だけ。それでも優吾さんは俺が挨拶をしろなんて言うから緊張してしまう。
「ねえ、本当に俺が言うの?」
だって優吾さんの方が明らかに歳上だし人あたりの良さそうな顔をしてるんだから、俺が挨拶するよりもずっと印象がいいと思うんだけど。
「今日はもう遅いし、明日にしない? あ、明日は俺仕事で遅くなるからさ、優吾さんが挨拶やっといてよ」
「だめ! 全然遅くないし。ほら、こうやってもたもたしてたら夕飯時の忙しい時間帯になっちゃって余計に迷惑になるよ? 俺も一緒にいるから、はい! 頑張って」
俺も一緒って、当たり前じゃん。優吾さんは楽しそうに俺の背中をグイグイ押すもんだから心の準備が整う前に玄関前に到着してしまった。それでもかなり緊張したけど優吾さんにフォローしてもらいながらなんとか無難に挨拶をした。そしてだいぶ精神的にぐったりしながらも無事に家に帰還した。
男ふたりのルームシェア。挨拶に回ったご近所さんはどの人も愛想良くてとてもいい人そうに見えた。俺達のこと、どう思っただろう……と心配だったけど、優吾さんに「考えすぎだ」と笑われておしまい。ルームシェアは何もおかしいことないだろ? という優吾さんの言う通りで、いちいち俺が気にしすぎなんだ。
俺はただでさえ人見知りで暗い性格。その上ゲイだなんてマイナス要素しかないと思っていたから、気にしてない風を装っているものの本当は他人の目がとても気になる。でも優吾さんと一緒にいると、そんなことない、大丈夫! と思わせてもらえる。優吾さんがいれば俺は大丈夫、と自信がついた。
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