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54 すれ違い

 優吾さんと同棲を始めて何年経つ?  俺の二十歳の誕生日を祝ってもらった事が、ついこの間のような気がする。  慣れとは怖いものだとここ数日になってやっと思い知らされた──  俺は優吾さんの勧めもあり、本社勤務になるべく昇進試験の準備を始めていた。工場長も快く協力してくれ、いくつかの資格を取得できるよう手配もしてもらった。毎日の勤務時間にプラスし技術の向上や勉強会、相談と称して工場長と飲みに行くことも多かった。  工場長は俺が入社した時から色々と目にかけてくれ、立場など関係無く話しやすい人柄で、頼りになる人物。自分のセクシャリティの事までは話さずとも、プライベートなことなど多少は話ができる間柄だった。今日のこの日も「奢ってやるから飯でも行こう」と誘われ、特に断る理由もないので二つ返事で一緒にいつもの飲み屋へ向かった。  工場長は奥さんも子供もいる良いお父さんだ。家族とは会ったことがないけどこうやって飲んでいるときにはいつも決まって家族の話になる。以前携帯の画像欄から見せてもらった幼い息子さんはもう今年で高校受験なのだそう。子の成長は早いし俺も歳もとるわな……と言って笑ってる。 「安田君もまだまだ若造だけど、俺なんかよりもっともっと出世して稼がなきゃな。野望があることはいいことだ。結婚するのにも金貯めねえと」 ちょっと酔っ払い始めた工場長は、すこぶる楽しそうに俺の頭を撫で回した。俺が恋人と同棲していることはこの人だけ知っている。相手が男だとは夢にも思ってないだろうけど、話の流れで同棲している人がいるということは早い段階で知られてしまっていた。 「これは俺の経験からの忠告だがな……ダメだぞ、家のこととか任せっきりじゃ。彼女も働いてんだろ? この工場勤務じゃただでさえ一緒にいる時間が合わないんだ。コミュニケーションも多すぎるくらいちゃんととって、すれ違いにならないように気をつけるんだぞ。一緒に住んでるからって安心してるとあっという間にフラれるからな」 「え? 工場長そうやってフラれたんだ」  俺の言葉に「違うし! 危なかったけど持ち直したんだし!」とテーブルをバンバン叩いて否定する。どうやらその彼女が今の奥さんらしい。  家のこととか、どちらかといえば俺の方がたくさんやっている。俺がしてやっていると言うより、できる方がやればいいと思っているからそんなの全然苦ではない。たまに優吾さんが慣れない手つきで夕飯を作ってくれたりするのはすごく嬉しいけど、それも滅多にない事だ。  ……そういえば最近優吾さんと一緒に食事出来てないな。食事どころか優吾さんの姿すら見ていないような気がする。  思い返せば俺の夜勤の週が続いてしまったのと、優吾さんも仕事が忙しくなってきたとかで、かれこれ一週間は会えていない。優吾さんは家に帰ってきてるのかさえ疑問だった。  すれ違いもいいとこだ。  自分のことで手一杯だったとはいえ、他人に言われるまで恋人と接触がなかったことになんとも思わなかったなんてちょっとゾッとした。 「あれ? 安田君幾つになったんだっけ? 酒飲んでもいい歳だよな?」 「何言ってんすか。とっくに成人してますから大丈夫ですよ。ちょっと? 今日も飲みすぎ嫌ですよ? 大丈夫?」  工場長は楽しく酒を飲むタイプの人だから、この人と飲んでいて嫌な気分になったことはない。でもついつい飲みすぎて酔いが回るとなかなか帰してもらえなくなるのが困ったところ。 「そろそろ帰りましょうか?」  今日はこのまま帰れれば優吾さんが帰宅する頃には家にいられるはず。先程の工場長の話に不安になった俺は「もう一軒!」と言われる前になんとしてでも帰りたかった。 「え〜もうおしまいか? あ!彼女が恋しくなったんだな? そうなんだな?」 「はいはい、そうです。ここんとこすれ違いばっかで、ろくすっぽ会えてないので帰してください」  正直に言うと工場長は「悪かったな、早く帰れ」と言ってタクシーを呼んでくれた。

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