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56 優先順位

 結局俺は怖気づいて優吾さんのマンションには行けなかった。そりゃ黙ってマンションに乗り込んでやろうとも思ったけど、本当に知らない女が出てきたらどうすんだ? 俺は何を言ったらいいんだ? 優吾さんはどんな顔をするんだろう……そう考えたらとてもじゃないけど怖くて無理だった。  合鍵は持っている。行こうと思えばいつでも行けるし、優吾さんも「いつ来てもいいよ」という理由で俺に合鍵を渡してくれたんだ。何も今行かなくたっていいんだ……  そうだ。女がいると思ったけどあの声はテレビから聞こえてきた声だったのかもしれない。優吾さんは仕事を俺たちの家に持ち込みたくなくて、わざわざマンションに寝泊まりしてたんだ。それなのに会いたいって理由で俺が突然訪れたりしたら嫌かもしれない。  抱きたいと言ってくれた。寂しかったとも言ってくれた。あの女の声なんて気のせいだったんだ。  俺は情けなく自分に言い訳して昨晩の事は無かったことにして、一人でベッドに潜り込んだ。  今日は優吾さんはちゃんと帰ると言っていた。俺も定時で仕事を上がり、買い物をしにスーパーへ寄る。優吾さんから「久しぶりに公敬君の手料理が食べたい」とメッセージが入っていたから、俺は張り切ってメニューを考えた。定時とはいえあまり時間もないから手の込んだものは作れない。とりあえず、今まで何度か作っていて優吾さんが必ずと言っていいほど褒めてくれた肉じゃがと焼き魚にすることにした。優吾さんはああ見えて和食の方が好きだからこれぞ日本食! みたいなメニューをとても喜んでくれる。温かい味噌汁も作って、惣菜や漬物も買って、一緒に晩酌をしよう。  一緒に食事をするのは何日振りかな。一緒にベッドで寝るのも久しぶりだ。俺は次の日休みだから何の心配もなく優吾さんの好きにさせてあげられる。  帰宅した後の事を考えると気持ちがスッと軽くなり、高揚感に体温が少しだけ上がった気がした。  久し振りの買い物でちょっと買いすぎてしまった。二人で飲めるように酒も買った。両手に重たい荷物でも、これから優吾さんが帰って来てくれると思えばなんて事はない。浮かれた気分で自宅に帰り、早速俺は料理を始めた。  炊飯器のスイッチも忘れず入れ、優吾さんが帰宅してすぐ風呂にも入れるように風呂掃除も済ませた。あとは煮込んでいる肉じゃがの味見をして優吾さんの帰宅を待つだけだ。  早く会いたい。  自分も忙しかったとはいえ優吾さんの事を蔑ろにしてしまった事、ちゃんと謝りたい。早く帰ってこないかな……とそわそわして待っていると鞄の中から携帯の着信音が鳴った。 「……遅くなる? ご飯は?……ちゃんと帰ってくるの?」  優吾さんの声が遠くに聞こえる。 喧騒の中矢継ぎ早に発せられる優吾さんの言葉に俺はぼんやりと耳を傾けた。  会いたいって言ってくれたじゃん。早く抱きたいって言ったじゃん。凄く楽しみにしていた分、急に飲みに行くことになったと言う優吾さんの言葉にどうしても落胆を隠せない。優吾さんともっと話したくて「何で?」とか「帰りは何時?」とか「会えるの楽しみにしてたのに」とかグチグチとこぼしてしまい、我ながら女々しくて嫌になった。 「ごめんな、橋本と一緒だから早いとこ戻れるように努力する」  急いでいたのか、俺がいつまでも文句を言っていたからか、優吾さんはサラッとそう言って俺との通話を半ば強引に終了させた。 「……何だよ。せっかく作ったのに」  火にかけっぱなしの鍋の蓋を取り、菜箸で突く。程よく煮込まれ柔らかくなったジャガイモが箸の先で軽く崩れた。  優先順位。  俺は優吾さんの中で一番じゃないのかな? 今日優吾さんが帰ってくる、俺の作る飯が食べたい、そう言ってくれたから俺は仕事中からずっと優吾さんの事を考えて過ごしていた。嬉しいから、楽しみだから、だから俺だったらきっと飲みの誘いなんか入ったらすぐに断ってしまうだろう。  自分基準でものを考えるとどうしたって不満が募る。わかってるんだ。俺ばっかり優吾さんに依存してしまっている事くらい。俺だって仕事が忙しかったりすればこんなじゃない。優吾さんは俺とは違い責任ある立場なんだから……ちゃんとわかっているはずなのに、どうしたって寂しさから気分が落ちこんだ。

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