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57 匂い

「……公敬君……公敬君……起きて、ごめんね……公敬君」  ゆさゆさと体を揺さぶられ、微睡みから現実に引き戻される。重たい瞼を開けてみれば、目の前に心配そうな顔をした優吾さんが顔を近付けてきた。 「あ…….優吾さん、おかえりなさ……んっ」  俺が「お帰りなさい」と言うや否や結構な勢いでキスをされる。酒の匂いが鼻から口から一気に駆け抜け思わず優吾さんから顔を背けた。 「凄い……何? 大丈夫? 優吾さん飲みすぎでしょ?」  驚いて目も覚めるってもんだ。俺が不貞腐れてソファでウトウトしてしまってからどれくらい時間が経っていたのだろう。俺は優吾さんに抱きつかれながら時計を探した。 「大丈夫〜! 公敬君やっと抱けるね、待たせちゃってごめんね! ふふ……凄いいい匂いしてる。これ肉じゃがでしょ? 明日の朝ちゃんと食べるからさ、まずは公敬君を食べさせて!」  優吾さんのこんなテンション見たことがない。俺のことぎゅうぎゅう抱きしめながら実に楽しそうだ。先程ちらっと確認できた時計の針は夜中の二時を指していた。  何が早く戻れるよう努力するだよ。全然遅いじゃねえか。  そもそも優吾さんは酔っ払って楽しそうだけど、約束すっぽかされた俺は怒ってんだよ。この変なテンションで誤魔化そうとしてないか? でも笑顔で俺を抱きしめてくる優吾さんを見てたらそんなのどうでも良くなってくるんだよな。  惚れた弱み?  優吾さんは俺のことどれだけ好いてくれてるのかわからないけど、俺の方が「好き」って度合いが大きいのはわかってる。 「ヤダ……優吾さん、あっ……待って……んっ……ちょっと……あ、あっ……やっ……ヤダってば!」  久しぶりの優吾さんの温もり、求められる安心感。すぐに優吾さんのいいように流されてしまいそうになる。どんなに俺が拒んだって、それは表面だけだってちゃんと優吾さんにはわかってる。  悔しいな……  何でも許してしまうのをやめたい。今までだってちょっとした喧嘩をしても結局は優吾さんに抱かれてうやむやにされてきたんだ。どうでもよくなってしまうのは俺の性格。  否……どうでもいいことにしてるだけだ。追求してしつこくして、優吾さんに嫌われてしまうのが怖いんだ。 「優吾さん……俺今日楽しみにしてたんだ。一緒に飯食って……俺、優吾さんの好きな肉じゃが、せっかく作ったのに……」 「うんうん、そうだよな。ほんとごめん……作ってくれてありがとな。明日の朝ちゃんと食べるから。俺と一緒に朝食、食ってくれる? そんな顔しないで……許して」  優吾さんは俺の頬に手を添えて、いつものように優しい顔をしてそう言ってキスをする。この人はこうすれば俺が許すとわかってる。 「う……ん、許してあげるから、ベッド行こ」  案の定、俺の言葉に安心したのかころっと態度を変えた優吾さんは強引に俺のことを抱き上げる。そして「ベッドじゃなくてもここでいいだろ?」と俺の尻を弄り始めた。 「……待って。俺……シャワー浴びたい。帰ってメシ作ってそのままだから。準備……してないし」  首筋に優吾さんの熱い舌が這っていくのがわかりゾワっとする。 「ベッドで待っててよ。急いで行くから」  小さく溜息をつき、耳の穴をベロっとしてから「早くしろよ」とひと言言うと、優吾さんはフラつきながら二階へ上がっていった。 「……舌打ちすることないじゃんか」  俺がもう怒ってないと踏んでいつも通りの態度を示す優吾さん。お酒が入って多少気が大きくなっているのか、ちょっとわがままにも感じる。小さく出た舌打ちは、すぐにセックス出来なかったのが気に食わなかったからだろう。  しょうがないじゃん。元はと言えば優吾さんが悪いんだ。    準備したいと言ったのは本当だった。俺だって今日は優吾さんの好きなように抱かれるつもりだった。優吾さんの帰宅を待ってる間に居眠りしてしまったのは俺が悪い。その間に風呂だって済ませられたはずなのだから。  でもあんなに酔っ払ってるんだ。俺を待ってる間に優吾さんも寝てしまうだろうな。  それでいい。  俺の知らない香水の匂いがする優吾さんに抱かれるなんて嫌だから。

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