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72 これからはひとり

 優吾さんと会わなくなってからは無我夢中で仕事に専念した。  慣れないことばかりだったけど、他のことを考えていないとどうしようもなく消えて無くなりたいと思ってしまい、やるせなさに潰されてしまいそうだった。このタイミングで仕事が変わったことは俺にとって丁度よかった。なんとか自力で前に進めるように、俺は優吾さんの事を忘れるように努め毎日を生きていた。  家にもいくつかの優吾さんの私物が残ったままだった。それだって初めの頃は抱きしめて眠ったり、匂いを嗅いで優吾さんを感じたり、我ながら女々しいと思うほど、俺は「優吾さんの物」に縋っていた。それでも不思議なことに日々忙しく過ごしていくうちに俺の中の優吾さんの存在はどんどん小さくなっていった。  あんなに泣いたのに、あんなに縋っていたのに、あんなに「死にたい」と思ったのに……時というのは残酷にも思う。数年も経てばあんなにも重かったその熱ももう遠い過去の記憶。吹っ切れたと言ってもいいのだろうか。それとも消滅したと言っていいのか。自衛本能が働いたのか、優吾さんを忘れることでもう俺は大丈夫だと確信していた。  高校生の頃、初めて恋をして愛する人ができた──  この人がいればそれだけでいい。そう思えるくらい大切な人。    高校を卒業したその年に、その愛しい人と同棲を始めた。  何でもない毎日が当たり前に続くと思っていた。どんなに喧嘩しても、ずっとこの先二人で生きていくものだと信じて疑わなかった。  でも二十四歳を迎えた時にひとりになった。  幸せだった毎日は突然フッと消えてしまった。  そう、それだけのこと──  毎日定時に仕事に行き、終わればまっすぐ家に帰る。たまには仕事の仲間と食事をしたり、飲みに行ったり、仕事をしていく上で人付き合いも大切だと今更ながら感じた俺は、億劫がらずに少しずつ交友関係も広げていった。 「安田、今日はこれから予定あるか?」  同僚の秋吉(あきよし)に声を掛けられ俺は足を止める。  社交的な秋吉には何かと口実をつけ連れ出してもらっているのもあり、社内で一番話しやすく親しい人物だった。俺が本社勤務になってすぐ様子がおかしいと心配してくれたのも秋吉で、もとより元気がないのは仕事に関してのことだと思っていた秋吉は、最初の頃は俺に対して物凄く気を遣ってくれていた。まあ仕事のことではなく失恋したせいで元気がないとわかった途端、「そんなことくらいで!」と笑い飛ばされたのには驚いたけど。お陰で少し気が楽になったのは事実で、俺にとって秋吉は恩人みたいなものだった。大袈裟だとまた笑い飛ばされそうだから本人にはそんなこと言わないけど…… 「飯、食ってかね? ……今日は女の子もいるからさ、どうよ?」  また合コンのお誘い。  飲みに行こうと誘われ行ってみれば合コンだった……というのが何度かあった。俺がゲイだということは勿論秋吉は知らない。秋吉なりに良かれと思って合コンをセッティングしてくれてるのだろうけど、俺にとっては苦痛でしかなかった。それでも嫌な顔をするわけにもいかないので俺は心を殺して笑顔を見せる。そもそももう恋愛なんてまっぴらご免なのだから。 「お前ほんと顔広いんだね。よく女の子集まるね」 「いやそんなことないって、友達だし。あ、今日は合コンじゃないかんね? 食事会だよ、お食事会。気張んなくていいからさ」  嫌そうなのが顔に出てしまったかな。毎度毎度、俺が女の子に興味を持たないことを気遣ってか「お食事会」だなんて言い出す始末にちょっと笑ってしまった。

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