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75 謝罪

 あれから数日が過ぎた頃、一日外回りで姿のなかった秋吉から呼び出された俺は会社のすぐ側のカフェでコーヒーを飲んでいた。もう仕事も終わったし帰るだけなのだけど、呼び出した当の本人はなかなか現れず、コーヒーのおかわりをどうしようかと少し迷う。もう一杯頼もうかと顔を上げると見覚えのある人物が店内に入ってくるのが見えた。 「あ……お久しぶりです」  控えめにそう言った女性は確かエマちゃん。その後ろには少し猫背に小さくなっている美桜ちゃんが立っていた。 「あれ? 秋吉はまだ来てないよ」  秋吉は何も言っていなかったけど、この状況を見た俺は待ち合わせなのかと思いエマちゃんにそう言った。 「ううん、違うの。今日は美桜があなたにちゃんと謝りたいって……」  ここいいかしら? とエマちゃんは俺の前の椅子を引く。どうぞ……と手を前に出し促すと二人は並んで俺の前に腰かけた。 「ほら美桜? ちゃんと自分で言いな」  少し怖い顔をしたエマちゃんが、先程から黙ったままの美桜ちゃんの腕を肘で小突く。きっとこの前の事だろう。わざわざ会いに来てくれなくてもよかったのに。  エマちゃんの口振りから、恐らく呼び出して来た秋吉は初めからここにはくるつもりはないのだとわかる。俺を美桜ちゃんと会わせるが為に呼び出したのだ。こんな回りくどいことをしなくても俺は近々美桜ちゃんにはもう一度話をしようと思っていた。思わせぶりな態度をしてしまったのならきちんと伝えないと、とそう思ったから。酔っ払っていたとはいえ、あの時家になんか連れて来なければ美桜ちゃんだってこんなに嫌な思いをしなくて済んだのだから。 「この前の事……本当にごめんなさい。あの、これ……弁償します」  美桜ちゃんはテーブルに頭をくっつける程深く頭を下げ俺にそう言い、バックから白い封筒を取り出した。それがお金だとわかり俺は慌ててそれを突き返す。別に弁償なんかしてもらうつもりはないし、あの時あんなに「ごめんなさい」と謝ってくれているのだからこれ以上謝罪される筋合いもない。 「お金なんていらないよ。あれは俺の責任なんだ。本当にもう気にしないで」  突き返された封筒を「いや、でも……」と言いながら何度か俺に渡そうとしていたけど、結局俺が頑なに拒否をしたから美桜ちゃんは渋々それをまたバックにしまった。 「安田君、私……安田君が何年か前に恋人と別れてからかなり落ち込んでて大変だったって秋吉君から聞いてて……だから、だから私、図々しいのはわかってるんだけど……私安田君の事、好きだから……もう少し近い存在になれたらなって思って」  いまにも消え入りそうな声で、俯いたまま美桜ちゃんはそう告白してくれた。横にいるエマちゃんは俺から目を逸らしたまま黙ってそれを聞いている。前回の件から、言われなくとも美桜ちゃんの気持ちはなんとなくわかっていた。 「でも、でもお家にお邪魔してあの棚を見て、一人暮らしなのにお揃いのものがまだ結構あって、どうしようもなく妬けちゃって。悔しくなっちゃって……あ! でもわざとじゃないから! グラス……落としちゃったのはわざとじゃないです。信じて……」 「わかってるよ。うん……ごめんね。もうちゃんと気持ちは切り替わってるんだ。物とかなんとなくそのままにしてるのがほとんどなんだけど、ほんと意識的に取って置いてるわけじゃないんだ。割れちゃったグラスも普段全然使ってないし、そう、急にだったから驚いちゃって……って、なんで大声出したんだろうね? 驚いちゃうよね……ごめん」  言いながら、本当にあの時はなんであんなにカッとなってしまったのだろうと不思議に思った。

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