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77 甘えたい

「久しぶり! なんだか随分大人っぽくなったね。あ! スーツ着てるからだ。かっこいいね、うん、似合ってるよ」  俺を見るなり親戚のおじさんよろしく気さくに話しかけてくる橋本さん。ちょっと緊張していた俺が馬鹿みたいだ。  指定された店は何でもないただの居酒屋。俺は腹も減っていたから遠慮なく自分の食べたいものを頼んだ。橋本さんは「俺はそんな食えないぞ」と心配してたけど、俺が全部食べる気だと分かると少し嬉しそうに「そうか」と呟き、久し振りの再会に……と、二人で乾杯をした。 「それにしても急にどうしたの? 公敬君から俺に連絡なんてびっくりしちゃった」  俺が当たり障りのない近況報告を続けていたら、話を折られるようにして橋本さんに聞かれてしまう。カウンターに並んで座り、気がつけば肩が触れるほど橋本さんは俺の方に寄って座っていて、覗き込まれるように顔を見るから変に緊張してしまった。 「いい加減、その泣き腫らした目の理由が聞きたいな……」 「……!?」  おもむろに橋本さんの手が俺の頬に触れる。その優しい掌にまた込み上げて来るものがあった。 「わかってんだろ? そうやってわざとらしいのやめろよ」  なんとか泣くのは堪えることが出来たけど、そんなの聞かなくてもこの人ならわかるだろ? と思って少し腹が立ってしまった。 「いや、優吾のことだろうな、とは思ったけど……何? まだ引きずってんの? 何年経ったんだよ。一途で可愛いね」  橋本さんはそう言って笑う。別に俺は今の今まで引きずっていたわけじゃない。 「違う……はっきり言ってもうなんともなかったんだ。でもちょっとした拍子に思い出しちゃって……自分でも驚いてるくらい。人目も憚らずに泣いちゃった」  笑われてもしょうがない。恥ずかしいけど泣いてしまったのも事実だ。寂しいという感情が膨れ上がってしまったのをどうしても抑えることができなかった。 「そういうところ、変わっていない……というかやっぱり公敬君らしいや。そういうところがいいよね。俺は好きだよ? 泣きたきゃ素直に泣けばいい」  橋本さんはまるで子どもをあやす風に、自然に俺の頭に手を乗せる。ヨシヨシと言わんばかりに軽く俺の頭をぽんっと叩くと「まだ好きなのか」と聞いてきた。  正直言ってわからない。  だって本当にもうなんとも思っていなかったんだ。最初こそ「会いたい」「どうして」「死にたい」と毎日メソメソとしていたけど、新しい仕事に忙しくしているうちにそういった感情は薄れていき、かわりに仕事の方がのってきて楽しくなっていった。ふと自分が優吾さんのことを考えなくなったと気がついた時、ああこれが「吹っ切れた」ということなんだ、と安心し、俺の中で優吾さんは「過去の人」と消化できたんだと理解してホッとした。 「まだ好き……いや嫌いになったわけじゃないけど、まだ好きなわけでもない。多分、きっと……ただ寂しかったんだと思う」  今まであの広い家にひとりぼっちで生活していたところに突如人が入ってきて、思い出の品に触れられて咄嗟にカッとなってしまった。ただの「物」なのに、壊れた瞬間一気に思いが蘇ってきて、かつては一緒にいてくれる人がいたはずなのにもうこの先自分は一人ぼっちっだということに気付かされてしまった。  いや、自分は一人なんだということはとうの昔からわかっていたこと。それなのにまだ未練が残っていたのか、湧き上がる寂しさで俺はまた苦しくなってしまったんだ。 「うん……寂しいんだ、俺」 「………… 」  橋本さんは黙ったまま俺の話を聞いている。そういえばこの人は何だかんだ俺の事を気にかけてくれてたな。よく遊びにきていた頃、ちょっとした優吾さんへの不満なんかもさり気なく聞いてくれたり俺が不安に思っている事を察してくれてフォローの言葉をかけてくれたり。橋本さんも優吾さんと同い年だからか、年上の余裕みたいなもので俺も話しやすいのかもしれない。 「……橋本さんさ、久しぶりに俺ん家来ない? 飲み直そ」  俺は誰かの温もりに甘えたかった。

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