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78 約束
「ビールとワイン、どっちがいい?」
俺は橋本さんと一緒に家に帰った。橋本さんは「久しぶりだな」と部屋をキョロキョロしながら、いつもそうしていたように自然にダイニングのイスに座った。
「もうそんな飲めないし、ビールでいいよ。お構いなくね」
なにかツマミになる物を……と冷蔵庫の中を漁る。気の利いたものが何もなかったので、とりあえずチーズだけ皿に盛って橋本さんのところへ持っていった。
この人はわざとなのかな? 橋本さんが座った席はいつも優吾さんが座っていた席。橋本さんは向かいの席が定位置だったのに。橋本さんの後ろ姿を見ていたら、ぼんやりと優吾さんとの最後の日の事を思い出してしまった。
最後に酷く抱かれてそれっきり……
「ん? どうした?……公敬君?」
気付いたら俺は、座っている橋本さんを背後から抱きしめていた。
「ねえ……橋本さん、俺……寂しいんだ。ずっと一人で、この先もきっと一人……」
「うん」
橋本さんは俺の顔を見ようとゆっくりと振り返る。ずっと前にそうされたように俺は橋本さんの唇のすぐ横にそっとキスをした。
「橋本さんさ、俺を抱いてよ」
「………… 」
俺の言動にこれといって驚いた様子でもなく、表情も変わらない。橋本さんが何を考えているのかわからなかった。
「ねえ聞いてる? 橋本さん、男抱けるんでしょ? ……いいよ、俺のこと抱いてよ……どんな事しても大丈夫だよ?」
驚きもしない橋本さんに少しイラっとして、今度は唇にキスをしてやろうと顔を近づける。最初はされるがままだったのに今度は掌で阻止されてしまった。
「おいおい、勘弁してくれ……俺には公敬君を抱くなんてできないよ」
呆れたようにそう言って橋本さんはいつもの笑顔で俺を見る。俺はその言葉にハッとして慌てて体を離した。
「嘘? ごめん……俺てっきり橋本さんもゲイなのかと思ってて」
はっきり言われたことがなかったけど、今までの言動からてっきり橋本さんもゲイなのかと思い込んでいた。そうじゃないなら「抱いてよ」なんて言われたら戸惑い拒否するのも無理はない。申し訳ない事をした……と反省しかけたらククッと橋本さんは小さく笑った。
「いやいやそうじゃない。俺もゲイだよ? だからドキドキしちゃうからこういうのはやめてね」
何だよそれ。
やだよ。だったら俺のこと拒否すんなよ……
「じゃあいいじゃんか! 俺のこと、嫌い?」
「だから! 公敬君、俺のことどう見てんだよ、そんなに俺、見境ないって思われてんの?……心外だな」
橋本さんは、好きだけど誰彼構わず抱くわけじゃない。俺のことは友人として好きだからそんな事を軽々しく言うもんじゃないと笑いながらそう言ってくれた。
「それに俺は優吾と約束してんの。公敬君に手を出すなって……」
「は? それおかしくない? 橋本さんとっくに俺に手、出してんじゃん」
橋本さんがキョトンとするから、最初にドライブに誘われた時にキスをされた事を説明した。するとゲラゲラと笑われてしまった。
「あんなの手を出したうちに入らねえって。キスしただけじゃん、しかも唇じゃねえし」
「でも! だってあの後すごい機嫌悪い優吾さんにお仕置きされたんだよ!……それに橋本さん、俺のちんこ触ったじゃん」
そうだっけ? とおどけてみせる橋本さんに、俺は溜め息をつきビールを渡した。
「公敬君さ、寂しいんだろ?……いいよ。セックスはしないけど、俺今日はここに泊まってやるから好きに甘えな。愚痴でもなんでも聞いてやるよ。なんなら一緒に寝てもいい」
誰かに優しくされたかった。抱きしめられたかった……
俺の気持ちを察してくれて、悔しいけどちょっと涙が出た。
「うん。ありがとう」
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