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79 添い寝
橋本さんは先程の発言通りに風呂も済ませ、リビングで寛ぎ始めている。優吾さんの置いていった部屋着に着替えているから何となく変な気分だ。だけど気心の知れた人物がこうやって自分の家にいるというだけで、心寂しい気分も和らいだ。
「そうだ、俺明日はゆっくりできるんだけど公敬君は仕事だよな? 何時に起きればいい? 一緒に出るし」
寝る前は牛乳だな、と言いながら橋本さんは冷蔵庫から勝手に牛乳を取り出しコップに注ぐ。俺はお約束通り腰に手を当て牛乳を飲む橋本さんに「鍵渡しておくし、ゆっくりしていって」と伝え風呂に向かった。
優吾さんと一緒にいた頃も、こうやって些細なことでもコミュニケーションを取り合っていた。それが段々と少なくなってすれ違いの生活。そして挙げ句の果てには大事な恋人に婚約者がいたことにも気がつけなかった。
「なんでこうなっちゃったんだろうな……」
湯船に浸かりながら、考えたくないのに様々な事が思い出され、どんどん気分が落ち込んでいった。
風呂から上がると相変わらず橋本さんはリビングでテレビを見ながら寛いでいる。俺は橋本さんにいつものゲストルームで寝るように伝え、先に休むことにした。
「じゃ、お先に……おやすみ」
「おう、おやすみ」
一人寝室のベッドに潜る。
今日は寝られるだろうか……気分は落ちたまま、ベッドの中からクローゼットの方に目をやった。優吾さんはこの家から出て行ったけど、衣類などの細かいものはほとんど残していった。普段着るものは持っていき、仕事やデートで着ていたスーツなどはそのまま置いていっている。優吾さんのスーツ姿、好きだったな……
目を瞑り寝ようと試みてもやっぱりなかなか寝付くことができずベッドの中でモゾモゾと体を動かす。橋本さんが隣のゲストルームに入って行った気がしたので、ベッドから抜け出し俺はそっと部屋をノックした。
「ごめんね……やっぱり寝られなかった。そっち行ってもいい?」
ベッドに腰掛けていた橋本さんが「やっぱり来たか」と言って笑う。
「もう……寝る? よね?」
一緒に寝てもいいと言ってくれた橋本さんに甘えて、本当に俺は部屋に押しかけてしまった。でもすんなり受け入れてもらえたからホッとする。ゲストルームのベッドは寝室のベッドと比べたら小さいけど、なんとか男二人で寝ることができた。
橋本さんは俺の頭に腕を回してくれ、腕枕のようにしてから軽く抱きしめてくれた。優吾さん以外の人とこんなに密着するのは初めてで少し緊張したけど「セックスはしない」と言っていただけあって不思議といやらしい気持ちにはならなかった。
「橋本さん、タバコ吸った?」
「あ……ごめん、さっき換気扇の下で吸っちゃった。臭いよな。やだ?」
ちょっと懐かしい橋本さんの匂い。初めて会った時からこの匂いも変わらない。タバコはあまり好きではなかったけど、この匂いは何故だか安心できた。
「大丈夫……あ、橋本さんだな……って匂い、安心する」
なんとなく甘えるようにして頭をすり寄せた。橋本さんはそんな俺に笑いながら体に回した手をギュッとした。
「凄い可愛いこと言ってくれるんだね。ありがと……おやすみ」
そう言って俺の頭頂部にキスをする。少しだけ擽ったい気分で俺は橋本さんの腕の中でぐっすりと眠った。
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