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82 覚えのある声

 秋吉からまた合コンのお誘い。エマちゃんとはどうなっているのだろう、と不思議に思ったけど、こうやってまた合コンを企画しているくらいなのだからうまくいかなかったのだと察しがついた。 「今日、大丈夫だろ?」  もう当たり前のように誘って来るけど、この学生ノリのようなのも無理して初対面の女性と会話するのも、いい加減疲れてきたのではっきりと断る事にした。俺が一人断ったところで、秋吉には多方面に友人が多いからさして困ることもないだろう。 「いいや……俺、実はこういうのは苦手だから、もう誘ってくれなくても大丈夫だよ。今まで俺に気を使って誘ってくれてんだろ? ありがとな」  秋吉は「ああ」と気の抜けたような返事をし、早々に携帯の画面をタップし始め、また明日な! と手を振り行ってしまった。意外にあっさりしてるものだと少しばかり拍子抜けする。でもこれでもう煩わしい誘いもなくなるのだと思ったら気持ちがすっと楽になった。  仕事も終わり一人、道を歩く。ふと橋本さんから聞いた店のことを思い出し、どんなものかとカードを取り出した。裏面に書いてある地図と住所を見ると、ここから電車で三駅程移動すればいいだけで、自宅からもさほど遠くないのが良い。  行ってみるかな。  少しの好奇心。気分転換だ。出会いを求めていくわけじゃない……と、なんとなく自分に言い訳をしながら俺は電車に乗った。 「え……と、ここからそっちの……」  駅に降り立ち、そこからの道に少し迷う。間違いなくあちらのネオンが明るい方だと思い進むのだけれど、少し路地に入るとちょっとわかりにくかった。 「なあ……お前、ちょっと……」  入る路地を間違えたと思い、一度来た道を戻りポケットから店のカードを取り出して見ていると背後から誰かに声をかけられた。なんとなく聞き覚えのあるその声に振り返ると、不思議そうな顔をしてそこに立っていたのは晋哉だった。  高校時代の唯一の友達……  俺がゲイだとわかった途端に離れていった友達。  忘れかけていた記憶が溢れ出す。あの嫌悪感丸出しの晋哉の顔。友を失った喪失感と絶望が鮮明に蘇った。 「やっぱり! 公敬じゃん! うわあ、こんな所で……どうした? 俺だよ、晋哉だよ! 忘れてねえよな? 久しぶりだなあ!」  目の前にいる晋哉と名乗るこの男はもしかしたら別人なのかもしれない……そう思えてしまうほど、まるで数年振りに再会した大好きな親友に対する接し方をするこの男に、俺は動揺を隠せなかった。 「何やってんの? こんなところで……って何? その店行くの? 俺も今から行こうと思ってたんだよ。あとこっちじゃねえよ、あっち……ほら早く行こうぜ」  晋哉は俺の手に持った店のカードをチラッと見ると、グイッと俺の腕を掴み半ば強引に路地へと向かう。俺はまだ一言も「一緒に行く」とは言ってない。何のつもりだ? 晋哉は自分が俺に対しとった行動を忘れているのか、調子が良すぎて段々腹が立ってきた。 「離せよ。俺は別にお前となんか飲みたくねえよ……」  掴まれた腕を振り払うと、またすかさず掴まれてしまう。晋哉は急に立ち止まり、ポツリと「ごめんな」と呟いた。

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