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84 馬鹿にしてる

「待てってば……座って、お願い。俺の話聞いてくれよ。お前は誰にも媚びないし一人でいたから、誰も公敬の魅力に気づいてなかった。俺だけが、俺だけが公敬のいい所……カッコいい所に気がついていたのに……お前ときたら恋人がいるって。いつの間に! って驚いたよ。でもな、相手が女なら良かったんだよ。女ならしょうがないって。なのによりにもよって男が相手だなんて! 裏切られた気分だった。ずっと見てきたのは俺なのに、いつの間にか好きな男が、大事大事にしてきた男が、知らない男に掻っ攫われた俺の気持ちがわかるか? そんな事ならとっとと手を出しときゃよかったって、どんだけ悔しかったかわかるか?」  あの時俺と仲良くしてくれてたのは下心があってのこと。どうせ叶わない恋なのだから、友達として晋哉が俺にとって心の拠り所になるように計算して近づいてたんだと打ち明けられた。  聞けば聞くほど俺には理解できないし、むしろ気持ちが悪いと思ってしまった。俺は純粋に、唯一の友達が晋哉だけだと思っていたのに、こいつはそうじゃなかったんだと俺の方が裏切られた気分だった。 「そんなのわかるかよ! てか、知らねえよ。お前が俺を嫌悪して離れていったんだろが! 今更なんなんだよ、同類かよ! わけわからねえ」 「だからさ……お前今相手いないんだろ? いいよ、俺が相手してやる……益々エロい顔になったよな。今でも好きだぜ? 満足させてやるから」  馬鹿にしてる! 相手してやるって何なんだよ! 怒りが頂点に達し、俺は勢いで晋哉の胸ぐらを掴んでいた。 「お断りだわ! 誰がお前なんかと!」 「ちょと! お客さん! 何やってんの? ダメだよ……声大きいよ」  殴りかかりそうになり振り上げた拳を、誰かにフワッと包み込まれる。慌ててその人物を振り返ると、先ほどまでちょくちょくテーブルに来ては気を遣って話題を振ってくれていた若い店員だった。 「ダメだよー。晋哉君、もう帰りなね。マスターに怒られちゃうよ?……ごめんね。君この店初めてだよね? 嫌な思いさせちゃったね」  さっさと晋哉に荷物を持たせ追い出す仕草をする店員に、晋哉はふざけんなとその場に留まろうとする。店員は俺に一旦落ち着けと席に座らせ、今度は機嫌を損ねた晋哉の方へ体を向けた。この店員、少しばかり痩せていて華奢な身体つき。お世辞にも頼りになりそうには見えなかったけど、意外にもあっさり晋哉は店から出ていった。 「ごめんね、話聞こえてたんだ……あいつたまに来るんだけど俺、個人的にあんまり好きじゃなかったから」  そう言って笑うと奢りだと言って一杯サービスしてくれた。カウンターの中にいるマスターは他の客とお喋り中。 「いいの?」 「うん、気にしないで。良かったら一緒に飲む? ここいい?」  彼はもう仕事も上がりだし、そもそもお手伝いみたいなものだからと言い、先程まで晋哉が座っていた席に座った。この店員、改めて見るとだいぶ若い。高校生くらいにも見えなくもない。 「お客さん、名前は聞いても?」 「ああ……安田、安田公敬」 「そ、安田さんね。よろしく。俺は……マサ。これからはマサって呼んでね」

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