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85 雰囲気の似てる人
名乗るのに少し変な間があったから恐らく偽名なんだろうと思ったけど、特に追求はしなかった。話してみるとマサは俺と歳は三つしか違わなく、高校生かと思ったと言ったら笑われてしまった。晋哉とはどういう関係かと聞かれたので高校の時の同級だと話すと、マサは驚いたような顔をして「なるほどね」と一人何かを納得した。
「ああいう自信満々な奴ってさ、モテないんだよ。ほどほどじゃないと。なのに本人そんなこと更々思ってないからグイグイくるの。それで迷惑してるお客さん何人か知ってたから……でも君だったんだね、晋哉君の想い人って」
晋哉はこの店の常連で、飲みにきていると言うよりは出会いを求めに来ている感じ。遊び相手を探しに来てはちょくちょく揉め事を起こしていたらしい。
「次何かやらかしたら出禁だってマスターに言われてたからね、しばらくは来ないと思うよ。それにたった今安田さんにもフラれちゃったし」
そう言ってマサはクスクスと笑った。正直晋哉とは二度と会いたくなかった。再会してこんなにも心乱されるとは思わなかった。やっぱりあの時のことは軽くトラウマのようになっていたのかもしれない。ゲイだと知られ、親友だと思っていた友に酷く拒絶され、今になって好きだったと言われても何も感じないし理解できない。マサが言うには、晋哉は酔っ払うと高校の時の初恋で酷い失恋をして今でも引きずっている、とよく零していたらしい。そんなの知ったこっちゃなかった。むしろ何で俺が悪いような言い方をされてるんだと腹が立った。
「まあさ、そんな拗らせマンなんか忘れて楽しく飲もっ。ね?」
明るくマサはそう言って、俺に向かってグラスを差し出す。その笑顔に「そうだな……」と俺もグラスを合わせて乾杯した。
それからは俺は時間に余裕がある時は決まってこの店を訪れるようになっていた。やっぱり自身のセクシャリティを隠すことなく話ができるのはストレスもかからず自然体でいられる。それだけですごく気持ちも軽い。まだまだ恋人が欲しいと思うことはないけど、それでもここでマサや他の客と会話をするのは楽しかった。
「安田さんは今一人なの?」
たまたま隣になった客に声をかけられる。俺とマサの会話から知ったのか、いきなり「安田さん」なんて呼ばれ戸惑うも、既に酒も結構入っていたから気にせず俺はそれに答えた。
「一人だよ、うん……何? 口説きたくなっちゃった?」
よく見たら何となく優吾さんに雰囲気の似たその人に、俺はすぐに好感を持った。
「ううん、少し話がしたいなって思って。口説きたくなったらそうさせてもらうよ……」
感じのいい人──
幾つか自分より歳上っぽいその人物は「アキラ」と名乗った。俺はこの店に来るようになってから今まで、何人かにナンパをされた。勿論そういったこともあるのは店の性質上わかっている。それでもあからさまな誘われ方ばかりだったので少々辟易していたところもあった。その点このアキラという人物はそんな事を少しも感じさせなく、とても紳士的でユーモアもあった。最初に軽口を叩けたのも、そんな雰囲気を察したから。
終始リラックスして会話を楽しむ。俺は自然と自分の話もつらつらと溢してしまっていた。初めて会った人物にここまで自分の話をし、甘えたいと思ってしまう。そんなに俺は酔ってしまったのかな……と思うくらい、開放的になっていた。
「そっか……安田さんはその優吾って人と俺を重ねて見てるのかな?……可愛いね。いいよ、その彼の代わりでも」
そう言ってアキラは俺の頬に手を添え、優しく微笑んだ。
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