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91 優吾さんとは違うよ

 俺はまたいつものようにバーに顔を出す──  アキラと店を出たあの日以来、暫く振りだったからマサに心配されてしまった。 「ごめんな。ちょっと仕事が忙しくて、ここに来る余裕がなかったんだ」  マサがそこまで心配する意味がわからなかったけど、嘘でも何でもなくて本当に仕事が忙しくて余裕がなかっただけのことだ。 「で、アキラさんは? 俺が来てない間、何度か来てるんじゃない?」  俺はあの時、連絡先の交換をしなかった。またここに来れば会えるものだと思っていたし、体の関係を持った今は特別な関係なんだと薄っすらと期待をしていたから。 「ああ、いや……最近は見てないね」  なんとなく歯切れ悪く言われた気がした。少し気になったものの、俺はカウンターのいつもの席に座りマサとお喋りを楽しんだ。  マサには気兼ねなく何でも話をしていた。店員と客という関係のせいもあるのだろう。この店の中でだけの関係。年もさほど離れてなく、橋本さん以外で自分を偽ることをせずに話が出来ることが嬉しかった。俺の事だけじゃない。マサも俺には人に相談しにくいような悩みなんかも打ち明けてくれていた。 「アキラさん……どうだった?」  少し声のトーンを落としたマサが俺に聞く。何を言いたいのか察しがついた俺は「よかったよ」とだけ答える。ここしばらく来ていないというのが残念だけど、俺は気にしなかった。 「アキラさんさ、全く違うんだけど、優吾さんみたいで俺ちょっと嬉しかったんだよね。優しいし、ああいう人と付き合えたら幸せなのかね」  酒も入り少し口が滑ってしまった。マサは「そう?」とあまり興味のなさそうな返事をするけど俺は調子に乗って話を続ける。  俺は初めてこういう店に来て、初めてその場で知り合った人と体を交わした。恋人しか知らなかった俺を抱いてくれ、かつての恋人と同じように接してもらえたことに正直舞い上がってしまっていた。  途中まで黙って聞いていたマサが話を遮る。その表情は複雑だった。 「なあ……アキラさんは優吾さんとは違うからね? そんな一回こっきりの人に夢中になっちゃダメだよ?」 「え? 別に夢中になってるわけじゃないし。それに優吾さんと違うのなんて当たり前。そんなのわかってるよ」  マサには最初に優吾さんのことも話をしていた。酷い別れ方をしたと、俺の話を親身になって聞いてくれ、涙まで浮かべて励ましてくれた。だから、かつて俺がどれだけ優吾さんに依存していたのかもきっとわかった上で、そうやって心配してくれるんだとわかる。それでも、折角の浮かれた楽しい気持ちを否定されたように感じて俺は気分が悪かった。  それからというもの、俺はアキラと会いたくてなるべく時間を作ってはバーに足を運んだ。その間も何人かに口説かれたりもしたけど、もう俺の頭の中はアキラのことでいっぱいだったからその誘いも全部断っていた。会わない日が続けば続くほど、思いが膨れ上がってしまう。自分ではそんな風に思っているつもりはなくても、マサから見たら俺はアキラに執着しているように見えていたらしく、何度も「やめとけ」と忠告された。

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