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92 ムカついて吐きそう
店に入るとカウンターの一番端に見覚えのある後ろ姿が見えた。一目見てアキラだとわかる。俺は久し振りに会うことができたのが嬉しくて、すぐに声をかけずに様子を見てしまった。
アキラは一人ではなく、連れだと思われる小柄な男とお喋りをしながら楽しそうに飲んでいる。俺が会った時となんとなく雰囲気が違うように見え、声をかけるのを躊躇ってしまった。カウンターに並んで座る二人の距離が少し近いな……なんて思った途端にアキラの腕がその男の腰に回った。
「── でさ、別れた彼氏以外と何年もやってないなんて、そんなの初めてと同じだろ? おまけに元彼しか知らねえって言うしさ、流石にちょっと考えたよね。重そうだな、なんて思ったけど……全くその通りで参ったよ。始めてみりゃドMみたいなこと言ってくるし、酷くしたらしたで嫌だって泣くしさ、変な性癖開花しそうになっちゃった。俺、Sの素質もあるのかな? イヤがりながらも凄い喜んでるから加虐心湧いて来ちゃって。そうそう! 案外俺も愉しめたし。思った通りヤった後はもう恋人気取りな顔するからさ、やっぱやめときゃよかったよ。顔とケツは好みだったんだけどなあ」
愕然とした……
漏れ聞こえたアキラの会話。 自分のことを言われてるのなんてすぐに気づいた。嬉しくて声をかけようとした足がその場で止まる。頭が真っ白になった。
目の前で話しているこの男は本当にあのアキラなのか? 初めて会った時のあの紳士的なアキラはどこに行ったのかと思うくらい、俺には別人に見えた。
カウンターのマサと目が合う。ハッとした表情をしたマサは、俺に気付かず話し続けるアキラの方を見る。流石に状況を察してか、俺には声をかけなかった。
「そろそろホテル行こうか? そんな焦らすなよ…… 今日も快くしてやるからさ、な?」
「えー? 今日も、って僕アキラさんとは今日が初めてだよ? ウケるー。それに僕Mじゃないから痛いことしないでよね。ドSなアキラさんも見てみたいけど、僕にはドロドロになるくらい甘いのでよろしく」
「当たり前だろ? 可愛い子はじっくり味わいたい……」
軽くキスまでして周りも気にせずイチャイチャしている。俺はいたたまれなくなり、逃げるようにしてバーから出た。外に出ると夜風の冷たさが頬に触れる。それでもそんな寒さなど感じないくらい俺は顔が熱くなっていた。
恥ずかしい…… みっともない。
アキラにあんな風に思われていたなんて。行きずりの男に……
もしかしたら、と舞い上がっていた自分が馬鹿みたいだった。
店の脇にしゃがみ込む。ショックで心臓が痛いくらいドキドキしている。アキラと連れが肩を寄せ合い道の向こうへ消えていくのを俺は地べたに座りこんだままぼんやりと見つめていた。
「安田さん? 大丈夫?」
頭上から心配そうなマサの声がする。
マサの言う通りだったし、俺だってわかってたんだ。
こんな所での出会いなんて…… 簡単にヤレるような奴を探してる人間ばかりなんだって。アキラは違うかもと勝手に俺がそう思い込んだ。浮かれすぎだろ、おめでたい。
「大丈夫……ムカついてちょっと吐きそうなだけ」
「あはは、そりゃ大変だ! 中入ろ? 吐きそうな気分ならもっと飲まなきゃ」
マサはそう言って笑うと、しゃがみこんでる俺の腕を取り立たせてくれた。
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