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95 決心
「大丈夫だよ……経験なくてもちゃんと知ってる。綺麗にもしてる……だからさ、お願い」
半分涙目でそう言うマサに、俺はダメだと言えなかった。でもマサはそれで本当にいいのか、後悔はないのか疑問だった。
「安田さんは誰かを抱いたことある? 俺が初めて? ……もう掘られんの嫌なんだよね? いいじゃん……利害の一致って事でさ。気楽に抱いてよ」
泣きそうな顔をしているくせに、強がってそう言っているのがわかってなおさら辛くなってくる。いや、辛いのはもちろんマサの方なんだけど、必死に明るく振る舞おうとしているのが痛々しかった。
「マサはそれでいいのか? 初めてなんだろ? それならマスターに……」
「だから! それが重たいんだって! そういう考えをするから経験のない奴は面倒だってマスターは言ってるんだよ」
軽く考えてくれていいからとマサは笑う。吹っ切れてるし好きな相手じゃない誰かに抱かれるのなら知った相手で安心できる俺が適任だと思うから、と。何年もずっと一緒にいて、愛しいその人のことを一番わかっているのは自分だからこれが一番いい方法なんだとマサは笑顔でそう言った。
店を飛び出し家に帰って、すぐに誰かに抱いてもらおうと準備をし、一人で飲みながら相手を探して彷徨っていたらしいマサは一体どんな思いでいたのだろう。
「今日のこのタイミングで安田さんに会えて、俺ツイてるよね?」
もう心を決めたマサに逆に決心しないといけないのは俺の方だと気付かされる。確かに俺は優吾さん以外の人間に抱かれるのはもう嫌だと思ってる。それでもヨリを戻すのは叶わないことだし、ふとした時に人肌が恋しいと思ってしまう。恋愛感情なんかは抜きにして、ただただ性欲を満たしたいとも思ってしまう。浅ましいと思われてもしょうがない。それが隠しようもない俺の本性なのだから。
「わかった……じゃあシャワーだけでも浴びさせて。休憩じゃなくて泊まりにしよう。朝まで一緒にいよう」
俺はそう言ってマサの頭を軽く撫で、バスルームに入った。
そうは言っても俺だってタチの経験はない。ちゃんとマサに対してそういう気分になれるのだろうか? 勃たないなんてことはないとは思うけど、初めてだというマサを満足させることができるだろうか、と不安になった。
シャワーを浴び、ホテルの寝衣を身につけマサのいるベッドの部屋に戻る。マサは先程と寸分違わぬ場所で座っていた。
「マサはどうする? 俺はそのままでもいいけど……」
そう言うと、ちょっと表情を強張らせて「俺も」と言ってバスルームに行ってしまった。マサがシャワーを浴びている間、ホテルの備付のゴムを確認した。こういうところのゴムは正直使いたくない。でも今日は自分で持ち合わせていなかったから、しょうがないかと諦めた。
思いの外早く戻ってきたマサは俺の隣にちょこんと座る。やっぱり緊張しているのか先程までの明るさはなく、ギュッと握った拳を太腿に押しつけるようにして座っていた。
「本当にいいのか? 大丈夫?」
「………… 」
コクリと小さく頷いたマサを見て、俺は不思議と愛おしく感じそのまま自然に抱きしめてしまった。案の定、体を強張らせているマサに俺は「リラックスして」と耳元で囁く。緊張を解してやりたくて、俺より少し華奢なその体を優しく包み込んだ。
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